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投票について思うこと

 
 フィートウはモニターを眺めながら長い間逡巡していた。今回の法案に対する投票の締め切りが迫っているにもかかわらず、賛成するべきか、反対して、廃案に追い込むべきか、結論が出なかったからである。

「う~ん、どうすればいいのか」
 投票はネットから簡単にできる。出かける必要はない。該当のウェブサイトに行き、IDと暗証番号を記入してから、法案に賛成か反対かのチェックを入れればいいだけだ。
 法案の説明には多くのリンクが貼られており、それを丁寧に読んでいけば、この法案が提出された背景と経緯が誰にでもわかるようになっている。
 しかし、最も肝心な、この法案が可決された場合、どんな風に今の生活が変わるのか、という予測がまちまちなのだ。
 間違いなく、現状より良くなる、という見方がある一方、現在の混乱に拍車をかけるだけ、という説もかなり説得力を持っていた。

「賛成多数で、この法案が通れば、こんなふうに悩むこともなくなるんだよな」
 フィートウは一人つぶやいた。
 彼が悩んでる法案は、現在の頻繁に国民投票を必要とする制度を改め、国民の代表として議員を選出し、その議員たちを議会で話しあわせて国の運営をするように変えるものだった。
 この法案が通れば、有権者が頻繁に法案の是非を問われることはなくなる。背景や経緯、諸事情、環境を考え、決定するのは議員の役目となる訳だ。フィートウが投票するとしたら、議員を選ぶ時だけになる。

「昔はそうやってたけど、ネットの技術が発達して、今のように自分で直接法案を決めるようになったって習ったんだが」
 法案の可決が国民投票を通してなされるようになると、投票率の低下が問題になった。投票率が30%を切ることがザラになり、理論的に有権者の15%が賛成すれば法案が通る事態となった。
 その流れの中、ある悪法、現代の生類憐れみの令と呼ばれた法律が、一時の狂乱で通過し、その後、その法律が改正されるまで、多くの国民が被害を被った。
 そのことを教訓とし、その後は投票が有責事項となったのである。速く言えば、投票しないと罰金を科されるようになったのだ。その金額は徐々に上がっていき、投票率が常時90%を超えるようになって、ようやく止められた。
 しかし、そうなっても、世論は多数派というものを形成できずにおり、政策は一貫性を失って右往左往していた。
 
「この、罰金がなあ。痛いんだよなあ。俺すでに三回目だから、今回、投票しなかったら、目の玉が飛び出るほどとられるんだよな」
 金持ちにも効果を持たせるため、投票を怠ったことによる罰金は、過去の罰金歴を加味して、天井知らずに増えていくようになっていた。何回か投票を怠った者は支払いに苦労する事態が多発している。

「それに、世の中が良くなった感じもしないしなあ。皆で決めるからいい方に行く、なんて保証ないんだよなあ。こんな思いするなら、昔のように、人を選んで、そいつに任せるほうがいいか。餅は餅屋って言うしな。専門家に任せるようにしたほうが正しいような気がする」
 フィートウは賛成の方にチェックを入れようとして、はたと手を止めた。

「でもなあ。その専門家をちゃんと選べるかだよなあ」
 フィートウは考え込んだ。
 世の中には大して詳しくないのに、いかにも全てわかってますってふりをする奴のなんと多いことか。議員になろうとする奴の能力をどう測ればいいのか。

「あと、俺とまったく同じ考えのやつがいるのかだよな。いないなら、ある程度妥協しないといけないだろうけど。それに、事情が変わったりして、俺の考えが変わってしまったら、選んだ奴が俺の敵になってしまうこともあるってことだよな。その時、すぐに選び直しが出来ればいいんだろうが、可能なんだろうか?」

 フィートウは考えれば考えるほど分からなくなってしまった。
「議員を選んでやってきたやり方が、あまりよくなかったから、今のように、みんなが直接、法案の是非を投票で決めるようにした。でも、それもあまりうまくいってないから、戻そうか、という法案が出ている。それに賛成するべきか、どうなのか?」

 長考の末、フィートウは別のウェブサイトに行き、手続きを済ませた。

”二級市民”、その身分を獲得するための手続きである。これで、公民権が停止し、晴れて投票の義務から逃れられる。普通の市民に戻るのはかなりの困難を要するのだが、”二級市民”だからといって、不利なところは特にない、という噂だった。

「未来は誰にも分からん。この選択でも、自分が極端に不利となることもない気がする」
 フィートウは満足気に言った。

 この法案が賛成多数で通り、フィートウが暮らす国は国民に選ばれた議員が国を運営するようになった。ただし、多くの国民が二級市民となっているため、本当に民意を反映しているのか、甚だ不明である。

 現在、これ以上、二級市民が増えるのに歯止めをかける意味で、二級市民の権利を極端に制限しようという法案が出されている。それが阻止されるのか、フィートウはただ、指をくわえて見ているしかない。

「法案反対のデモをしようと、ほかの二級市民仲間に誘われたけど、かったるいしなあ。すすんで二級市民になっちゃたわけだし」

メディアの映像で”愚民に政治を語る資格はない”と、デモに対し、ぶっ飛んだ議員が熱弁していたが、”愚民でなにが悪い”。
フィートウはこころの中でつぶやいた。

フィートウの運命やいかに。

終わり
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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