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海辺の老人



 老人が一人砂浜に座り、海を眺めていた。
 穏やかな日差しが老人のからだを包み、潮騒が老人の耳に優しく響いていた。

「いや~、よくここまで生きてこれたもんだ」
 老人は一人つぶやいた。それはさっき、初の玄孫(ひ孫の子供)と対面したせいであった。老人は自分の長い一生の中で、自分以外、玄孫を持ったことのある者を知らなかった。
「それもこれも、みんな神様のお陰か」
 漁師だった老人は海の神を篤く敬っていた。

「それにしても、俺の一生はなんと幸運に恵まれていたのだろう」
 そう老人は思った。考えてみれば、自分を始め、子や孫、そのつれ合い、みな大病を患ったり、事故にあって死んだり、不具者になったりということがなかった。これはよく考えて見れば、すごいことである。
 唯一、数年前、長く連れ添った妻が亡くなったが、その死も眠るようなもので、苦しむ姿を見ることはなかった。

「思えば、あいつが来てから、何もかもがいい方に向いたような気がする」

 彼と妻が出会ったのはこの眼の前の砂浜だった。彼が漁に出ようと来てみると、女が波打ち際に打ち上げられていたのだ。

「あん時はてっきり死んでると思ったなあ」
 しかし、奇跡的に息があった。彼は女を介抱するために家に連れて行った。その頃、家は両親と自分だけで、貧しい訳ではなかったが、けして暮らしが楽だったわけでもない。それでも、元気になるまではと、女の面倒を見たのだった。

 不思議なことに、女は記憶をなくしており、自分の名前さえ覚えていなかった。それでも、かなりの器量よしで、身に着けていたものも悪いものではない。そのため、そのうちに噂を聞きつけて、誰かが引き取りに来るだろう、とたかをくくっていた。が、そんなものは一向に現われなかったのである。

 ひと月過ぎ、ふた月、み月となり、いよいよ、女の今後の身の振り方を決めなければ、ということになった。幸い、その美貌が近隣の村々にも伝わり、裕福な家から、嫁の口が殺到していた。
 みな、からだ一つで来てくれれば十分、ということだった。

 そうこうして、では本人の希望を聞こう、ということになって、女は彼を選んだ。一生懸命働くから、どうかお願いします、と懇願までされた。

「ほんに、おウラは変わったやつだった」
 ウラというのは彼がその女につけた名前だった。今見ている浜の名前から取ったのだ。

 苦労するぞ、と、一応言ってみたものの、彼もすでにウラにぞっこん惚れていた。それから、彼は人生で最良の時を過ごした。

 やがて子供ができ、無事に女の子一人、男の子二人を設けた。
 裕福ではないが、安定した落ち着いた生活を、飽きること無く繰り返してきた。
 
 子供も大きくなり、孫が生まれた。その後両親があいついで亡くなったが、穏やかな終わりで、その数年前から隠居生活となり、親孝行のまね事が出来た。
 
 月日は流れ、ひ孫が幾人にもなり、二人はすでに隠居し、身体が動かしづらくなっていたが、苦痛にさいなまれるような目には合わなかった。

「あなた、お先に失礼します」
 ウラが亡くなる時、最後にそんなことを彼に言った。
「ああ、そうか。待ってろ、俺もすぐ行く」
 彼はそう言って、ウラの手をとった。


「いよいよ、俺にも迎えが来たようだ」
 昔を偲び、砂浜で海を眺めているあいだに、身体に力が入らなくなった。今にも横倒しになりかけ、老人は片手を砂浜に着いた。めまいもしている。
 しばらく目をつむり、じっとしていると、いくらか楽になってきた。そこで目を開け、見ると目の前に箱があった。

「こ、これは?玉手箱?」

 途端、老人の脳裏に別の記憶が浮かんできた。
 亀、竜宮城、乙姫。
 乙姫の顔は若い頃のおウラそのものだった。
 夢の様な日々。
 そして帰郷。

「そ、そうだ。俺は村に帰ってきた。そして、誰も分からなくて、困ったらこれを開けろと言われて・・・。では、子供は?孫は?夢なのか?どちらが?」

 混乱の中、老人は無意識のうちに玉手箱の蓋を閉め、ひもを結んだ。やがて穏やかにほほ笑むと老人は倒れ、そのまま息を引き取った。
 それを見計らったように何処からともなく鶴が現われ、玉手箱を掴むと海の彼方に飛び去った。

 老人の亡骸は無縁仏として村に葬られ、その場所は今となっては誰も知らない。


終わり
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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