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ガラスの靴




「聞くところによると、あなたのお父さんがガラスの靴を作ったそうですね」
 酒場の奥まった席で、青年が小人に尋ねていた。小人は既に酔っているのか、鼻の頭まで赤くしながら目の前の青年をジロッとにらんだ。

「ああ、まあ、そんなこと言ったかもしんねいな」
「出来ればそのお話を聞かせて欲しいんです」
 青年は小人の目をしっかりと見つめて言った。小人は薄ら笑いを浮かべてまた酒を口にした。
「こんないい酒をおごってもらったんじゃ、話ぐらいしなきゃいけねえだろうが、そんなにガラスの靴に興味があるのかい?」
 相手の熱心さに何か裏でもあるのかと、小人は疑った。
「いえ、そういうわけではないんですが、実は人に頼まれまして、灰かぶり姫様のことを調べているんです」
 相手の返事に、小人はやや驚いた。

「へえ、灰かぶり姫のことを。また、誰が、なんでそんなことを?」
「それは、ちょっと話せないんですが」
「ああ、まあ、そんなもんだろうな」
 そこで言葉を切り、小人が青年に先を促した。

「それで、あなたのお父さんが作ったのは当然、灰かぶり姫様が舞踏会で履いたあの靴なんですよね」
 念のためという感じで青年は聞いた。
 小人はにやっと笑った。
「あったりめえだろ。ガラスの靴を欲しがるなんて妙な奴は、後にも先にもあの姫だけだろうさ」
「そうですか、それならぜひガラスの靴が作られた経緯を教えてください。お願いします」
 青年の目は真剣だった。それをチラッと見た小人は渋々といった調子で答えた。
「しゃーねーな、じゃあ話してやるよ」

 小人は勿体をつけて酒を盃に注ぎ、一口飲んだ後でしゃべりだした。
「小人ってのは本来、山で金銀、鉄、鉛などを掘って、鍛冶をやって暮らしている。ガラスも扱うこともあるが、そんな奴はあんまり多くねえ。けど親父は変わり者だったから、そのガラスを扱っていた。それでも、ガラスを扱うのが親父一人だったってわけでもなくて、ほかにもそういう小人はいたさ。ところが親父は若い頃、爺さんと喧嘩して、家を飛び出しちまったときがあるんだ。そんでその間、街で靴屋に奉公したらしい。そんな訳で、片手間でだが、仲間の靴を修理出来る腕前は持っていたんだ」
「なるほど。ガラスと靴を作る両方の技術を持っていたわけなんですね」
「そうだ。もしガラスの靴が欲しいと思ったなら、そんな酔狂な人間がそうそう居るとは思わんが、まず、親父の所に頼みに来る事は間違いないだろうってことだ」
「そして、実際、そんな酔狂な人がいたと」
 青年が笑って言った。
「ああ、そうらしい。ある日、身なりの良い若い男がやって来て、親父にきいたそうだ。『ガラスの靴が作れるか』ってな」
「あれ、おばあさんじゃなかったんですか?魔法使いの」
 青年が疑問を口にした。
「いいや、若い男だった。とにかく、親父はそう男に尋ねられて、最初はからかっているのかと思ったそうだ。が、様子がやけに真剣だったんで、一応何のために必要なのか聞いてみたんだとよ。そしたら、舞踏会で履くためだと答えたんで、さすがの親父もたまげたらしい。まあ、靴を履くのがその男じゃなくて、別の娘だと聞かされたんで少しは納得したそうだが」
 小人はひとしきりげたげた笑った後、話しを続けた。
「親父は最初は無理な注文だと思った。履く奴の重さにもよるが舞踏会でダンスを踊るとなるとガラスに相当強さが必要だ。踊ってる最中に割れてしまったら洒落にならねえからな。それで一度は断ったらしいんだが、相手はしつこくて、何度か頼み込まれてつい引き受けちまったって言ってた。親父は結構おだてに弱かったから、あんたしかいないなんて言われてその気になっちまったんだろうさ」
「考えて見ればガラスで靴を作って、しかもちゃんとダンスまで出来るようにしたってのはすごいことですよね」
 青年が感心して言った。
「まあ、そこは俺達の技の凄さってことさ。かなり苦労はしたらしいが、親父の仕事で最高のひとつだろう」
 小人は得意げに返した。

「あのー、それが本当なら疑問があるんですが」すこし考えた後に青年が言った。「あなたのお父さんが靴を作ったのなら、どうしてその話が伝わってないんでしょうか。お話では靴も衣装も魔法使いのおばあさんが出してあげた、ということになっているんですが」
 小人が憤慨して怒鳴った。
「なんだい、若いの。俺が嘘言ってるってか?」

「いえ、いえ。そうじゃありません。私としては魔法で出したなんて話より、小人の職人が作ったという方がよっぽど納得できます。そういう事ではなくて私が知りたいのは、どうしてあなたのお父さんは自分がガラスの靴を作ったことを皆に言わなかったのかということなんです」
若い男が焦って弁明すると、小人は納得したようで、
「ああ、それはな」と、 しばし言いよどんだ後、説明した。

「親父が依頼人から口止めされたからさ。自分がガラスの靴を作ったことは絶対、誰にも漏らさないように、ってな。その分も含めてってことで、相当の謝礼を頂いた」
「えっ、それじゃ、この場でしゃべっちゃ不味かったんじゃないですか」
 青年が突っ込んだ。
「なーに、構わねえさ。約束したのは親父だ、俺じゃねえ。それに、もとより、人の口に戸は建てられねえのさ」
 薄ら笑いを浮かべ、小人は酒を飲み干した。

 「その、靴の制作を依頼してきた人について、お父さんは何か言ってましたか。どこの誰だったとか」
 若い男が再び尋ねた。
「いや親父からは何も聞いてねえ。親父も誰かは知らなかったろう。そいつは名乗りもせず、誰からの紹介とも言わず、直接おやじの仕事場を訪ねてきてたから。ただ、相当身分の高い奴だろうってこった。靴をあつらえてやった女の方の言葉や身なりでそう思ったんだそうだが」と、小人は答えた。

「ちょっとまって。今の話だとあなたのお父さんは灰かぶり姫様に会ってるんですね?」
 青年が驚いて聞いた。
「そうなるな。だって考えても見ろよ。舞踏会用のガラスの靴を作るんだぜ。実際に履いて貰って、踊ってるところを見て、具合の悪そうな所を直し直ししなきゃ、できるわけねえ。試しに作った靴は十じゃきけなかったらしい」と、小人の返事。

「でもそれじゃ少しおかしくありませんか」
 青年がまた突っ込んできた。
「あっ、何が?」
「灰かぶり姫様の身なりが身分が高そうに見えたってところですよ。舞踏会で踊る前の灰かぶり姫様は、名前のとおり灰だらけで、身なりを整えられる環境じゃなかったはずなんですが」
「知らねえよ。とにかく親父はそう言ったんだ。まあ、そのことについちゃ、親父も考えついたことがあったらしいんだがな」
 小人はニヤッと笑った。
「なんですか?その考えついたことって」
 青年が身を乗り出して聞いた。
「んーっ、そいつは簡単には言えねえな。少しヤバイ話なんでな」

「ぜひ、それを聞かせてください。出来るだけの謝礼は払いますから。さっ、どうかまず、一杯どうぞ」
 青年が小人に酒を勧めた。最初渋っていた小人もいい気持ちになって、ついにしゃべり出した。
どうやらだいぶ出来上がっている。

「実はな。親父が仕上げたガラスの靴は一足だけじゃなかったんだ。舞踏会用のとは別に、片方だけ、仕掛けがあるものも作ったのさ」
「仕掛けって、まさか!」
 青年が驚いて叫んだ。
「そうだ。その靴はそれを知らなきゃ絶対に誰も履けないようになってたんだ」

「そうだったのか!それで灰かぶり姫以外の娘たちは駄目だったんだ」青年は感慨深げに言った。
「しかし何でそんな事を?」
青年が不思議がってると、小人が言った。
「多分、まともに灰かぶり様と結婚しようとすると反対が大きいと思ったからじゃねえのか」
「なるほど。愛人なら別だろうけど、姫に迎えるとなると、平民の灰かぶり姫様では周りが許さないと思ったのか」
 
「靴を渡した後の成り行きを聞いて、親父も興味を持ったらしくてな。色々調べたんだそうだ。するとな。色々分かってきた。
 実は灰かぶり姫の母親ってのは、意地悪姐さんたちの親父さんの妾をしていて、よその街で囲われていたそうなんだ。けれど灰かぶり姫は母親が囲われる前に生まれていたようで、どうもその親父とは血が繋がっていなかったらしい。まあ暫くはその街で親娘二人で暮らしていたんだが、やがて母親が亡くなってな。しょうがなく親父が灰かぶり姫を引きとって、実の娘たちと一緒に住まわせることにしたってことだったようだ」
「そうか、それで姉たちにいじめられてたのか。それを父親が容認していたのもうなずける」
 青年が納得のいった顔をした。

「で、王子の方なんだが、実は王子の親父さん、前の王様だな。その王様はえらい兄弟が多くて、しかも王様は末っ子だったろう。とても王になれそうもなかったし、子沢山だから王から分けられた財産もほんのちょっとしかなくて、暮らしは下手したら平民よりひどかったそうだ。あの流行病で王様の兄弟が皆死んでなかったら、今もおんなじようにひどい暮らしをしていたはずだったんだよな」
「それは有名な話ですよね」と、青年。
「まあ、そうだろうが、前の王様が貧乏暮らしをしていた街ってのが、灰かぶり姫が母親と二人で暮らしていた街なんだ。王子も灰かぶり姫も、子供時代は同じ街に住んでたわけさ」
「つまり、二人は子供の頃から知り合いだったと?」
 青年が言った。
「親父はそう考えてた。王子が城で暮らすようになってからでは、家でこき使われていた灰かぶり姫と知り合いになることは、まず考えられねえだろう」
「すると二人は初恋に殉じたんでしょうか。王子は随分と一途だったんですね」
 若者は感心した。

「二人がどうやって出会ってどんな約束をしたのか知らんがな。とにかく、王子かその周りの奴が、二人が無事に結婚できるよう絵を描いたんだろう。王子に来る縁談は難癖をつけて断って、舞踏会を開いて、そこで見初めた娘を嫁にすると宣言する。まあ、普通、舞踏会に出れる人種はかなり上流の奴らだ。ちょっと踊っただけで嫁を選ぶってのは、考えてみたら随分ヤバイ話なんだろうが、相手にそんなに間違いはないだろうってことで周りもそれを認める。そこに、豪華な馬車とお供を連れて、貴族様に負けない優美な格好で、なんとガラスの靴まで履いてよ。灰かぶり姫が遅れて現れるわけだ。そりゃ目立ったことだろうさ。特に足元がな。王子がダンスに誘うのも納得だ。そこで楽しく二人は遅くまで過ごす。周りも王子がその娘を気に入ったのが分かる。そこで普通なら周りも娘の所に集まってきて名前を聞こうとするわな。それはちょっとまずいから、いかにも切羽詰った大事な用事があるというふうにして急いで城を出る。王子にも名前を告げずにだ。この奥ゆかしい振りが大事なんだな。いかにも姫の座を狙ってやって来ました、ってのではまずいからな。王子は名前も告げていかなかった娘に一目惚れし、なんとも都合よく落としていった靴を手がかりに娘を探す。豪華なドレスや馬車は魔法使いが用意したってのはちょっと苦しいが、よくできた話じゃねえか」
 小人はそこまで話すと、グッと盃を引っ掛けた。

「しかし、そうだとすると灰かぶり姫様は、子供の頃に高い教育を受けたんでしょうか?着飾ったりするのは良いとして、礼儀作法や物腰、ダンスなんかは簡単に身につくとは思えないんですが」
 青年が疑問を呈した。
「遠くから見ただけなのではっきりはしないんだが、後で親父が灰かぶり姫様を見た時は、靴を合わせに来た娘とは別人だって言ってたよ」
「では、舞踏会で踊ったのは身代わりの誰か?」
「俺はそう思うね。だって考えてもみろよ。舞踏会には義理の母や姉たちも来ていたんだぜ。そこにど派手に灰かぶり姫が登場したんだ。なんぼ普段汚い格好で、顔に炭つけてたとしても、見間違うことはないんじゃねえか。どっか別の女を調達したんだよ。その、絵を描いた奴がさ」
小人はそう言って、また酒を口にした。「もっとも、そんな都合のいい女がいたのか、わかんねいけどな。灰かぶり姫に似ていて、上流階級の礼儀作法に通じていて、皆に面が割れてなくて、口の堅い女がよ」


「王子のハトコに当たる人で、隣の国にレベッカ姫という人が居らっしゃるんですが」
 しばしの沈黙の後、青年が語った。
「多分、そのかたでしょう。髪や目の色はもちろん、背格好も灰かぶり姫様によく似ています。情にあふれており、きっと二人に同情してくださったんでしょうね。レベッカ姫はあまり出歩く方ではないので、隣の国まで顔を知られてはいませんでしたでしょうし。
 そして、計画を練ったのは多分、アラン公爵です。公爵はそういう陰謀めいたことが大変お好きな、ちょっと迷惑な性格ではあるんですが、王子の親友でしたし、大変頭のいいお方です。そしてレベッカ姫とも交流がありました。彼をおいてそんな計画を実行しようとする人はいないと思います。あなたのお父さんに靴を頼みに行ったのはきっと公爵自身でしょう」
 小人はきょとんとして青年を見た。
「あんた、随分上流階級のことに詳しいんだな。全くのでたらめ言ってるようには聞こえねえや。一体、あんた何者なんだい」
「なに、知り合いが城にいましてね。その人に色々教えてもらってるんです。ところで」
 と、一旦言葉を切ってから若い男が小人を見て言った。

「王子と灰かぶり姫がその後どうなったかは知っていますか」
「ああ、知ってるよ。気の毒なことだが、結婚してしばらくして流行病でふたりとも亡くなったよな。夫婦だったのは3~4年位のもんだったんじゃねえか」
 若い男は頷いて言った。
「ええ、そのくらいしか二人で過ごすことはなかったと思います。短い夫婦生活だったのですが、それでも子供をひとり授かったんですよ」
「ああ、そうだっけか」
 小人が言った。
「デビットというのが息子の名前です。彼は幼くして両親を亡くしたため、父母の出会いについて、直接聞かされることはなかったんです。その代わりに周りから聞かされたのは、舞踏会とガラスの靴の話です。
 彼はその話に結構傷付きました。父はただただ美女が好きな、一晩だけの舞踏会で伴侶を選ぼうとするような愚か者。母は平民の出で、本来なら身分違いも甚だしいのに、自分の美貌を鼻に掛け、平気で姫となる恥知らず。しかも舞踏会に出た方法が魔法に頼ったとかいう胡散臭い話。  多分、この作り話は正直、公爵が広めたのでしょうが、そんな話が信じられなくて、ずっと本当のところを探っていたのです。
 その甲斐あって、今、父と母が強い絆で結ばれていたことが分かりました。父は愚か者などではなく、誠実な人でした。母はそんな父を信じて身分の違いを乗り越えようと思ったのでしょう。私は二人の息子であることに、心底誇りを感じています」
 主語が変わってきているのも気づかずに若い男は言った。
「しかし、この話はここだけにに留めておくほうがいいと思うんです。公になると、レベッカ姫やアラン公爵に迷惑がかかるでしょうし、今世間に信じられている話は庶民の娘に夢を与えているようですしね。そういう訳で、この話は他言無用ということにしていただきたい」
 口調は丁寧だが、断固とした物言いだった。
「あなたが作った靴は、まだ王宮にあります。思い入れのある作品でしょうから、こんどこそ、永遠に口をつぐんでくれるなら、それをお返ししてもよろしいですが、どうでしょう?」


 その後街で小人を見ることはなかった。すっかり姿をくらませていた。怪しい集団に拉致されたとか、国を出ていくことを条件に大金を貰ったとかいう噂があったが、本当のところは誰も知らない。

終り

 
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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