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仲間はずれ



「お名刺頂きます」
相手がうやうやしく受け取った。会社名と肩書き、そして氏名を確認すると、クルッとそれを裏返す。
 そこには何も書かれていなかった。一瞬、何かの間違いなのかと、名刺を出した相手を見る。彼は慣れているので、表情を崩さず、笑顔で返す。

「あの、失礼ですが、健常者さんで?」
 予想通りの問いかけに、彼はいつもの様に答えた。
「はい。実はそうなんです」

 この後の相手の反応は二通りだ。一つ目はへーっ、ほーっ、と感心したように言った後、自分の名刺の裏に書かれている疾患をつらつらと挙げ、それをながながと説明。最後に健常者とはうらやましいですなー、と言うもの。もちろん本心ではうらやましがってなどいない。かえって見下している。
 そしてもう一つはあからさまに侮蔑の眼差しを向け、時には敵意さえ示し、早々と彼の前から去っていくもの。そういう人達にとって、健常者だと名乗るものは大嘘つきでしかないらしい。もしくは嫉妬の対象なのかもしれない。

「今日もこんなことがあったよーっ」
 健常者マンクットは同じ健常者が集うインターネット掲示板に愚痴を書き込んだ。
「名刺に適当に病名を入れてもらったら?うちではそうしてもらってるよ」
 誰かがマンクットの愚痴を見てレスした。

「うちの会社はそういうところが妙に硬くて、虚偽を書くことは認められていないんだ」
 マンクットが返す。
「それはお気の毒に。それで営業とか、辛いよね」
 相手は心底同情して書き込んだ。

「それは暗に会社辞めろっということでは」
 別の誰かがレスする。
「そうなのかなあ、会社辞めたくないんだよな」
「事務で自分一人だけ健常者じゃ、逃げる場所ない。外に出れる営業の方がマシ。営業に配属されてるのは会社の温情」
 と別のレス。
「そう思って頑張るよ」
 マンクットはあきらめ気味に書き込んだ。

 科学技術は進み、人は簡単に自分の全ゲノムを解析できるようになった。そこで分かったことは、多くの人が疾患に関わる遺伝子を有している、という事実だった。
 ある人は心臓病になりやすく、ある人は免疫不全に陥りやすい。ある人はガン体質であり、ある人は血圧が高くなる運命だ。
 
 さらに科学技術が進み、それぞれの脳の配線も明確に検査することが可能となった。遺伝的に脳の異常が見当たらない人でも、脳が発達する段階で多々配線間違いを起こす。脳の発達が終わった後でも、衝撃的な出来事は、往々にして、心的外傷となって、人の行動に支障をきたすことになる。
 
 結果、人類のほとんどは何らかの疾患を持っていることがはっきりした。病気と無縁の人は数えるほどしかいなかった。その人達は健常者と呼ばれたが、その単語には複雑な感情が込められることとなったのである。

「グロい画像や動画を見続けてみたらどうだろう。精神に異常をきたさないかな?」
マンクットが発言した。
「俺、やったよー」
 誰かがそれに答えた。

「で、どうだった?」
「中学の頃、なんとか今の状況を変えようと思って、夏休みにグロいと評判の映画見続けようとしたんだけどダメだった。途中で気持ち悪くなって、リタイア。そういうとこも含めて健常者なんだよ。ああいうのに異常に興味を示す人間は脳がそうなってるのさ」


「やっと老眼になった俺が来ましたよっと」
 別の健常者だったものが書き込む。
「いいなーっ。今いくつ?」
 誰かが聞いた。
「六十五。周りの人間と比べてかなり遅かった」

「もう定年?」
「いや、後五年残ってる。これで周りと話し合わせられるわ。針に糸通せませんよねー、とか」
「どんな職場なんだよ」


「やっぱり、虫歯になるのが一番なんじゃない?毎日甘いモノ食って、歯磨かないようにしてさ」
「前も話題になったけど、虫歯菌持ってないと簡単に虫歯にはならんぞ。歯磨かなきゃ歯周病はいけるかもしれんが」
「食べたあと歯磨かないなんて考えただけでも無理!」

「でも、健常者ですか、ほーっ、てのよりましじゃね」
「それでもムリなものはムリなの!お前やってみろよ」
「おれ?できるわけ無いじゃん」


「いっそ、指でも落とすとか」
「いやーーーーーーーーーーーーー!!!」
「事故でなってしまうならしょうがないけど、それは!!」
「そんなことできるなら、健常者なんかやってません!」
「たしかに」


「専業主婦の私勝ち組wwwwww!」
「ダンナ知ってんの?」
「言ってない。自分は貧血気味と称している。私の正体知ってるのは両親と弟だけ」

「子は?」
「今三歳、遺伝疾患引っかかってない。超心配」
「虐待してみるとか」
「だ・か・ら・!そんなことができるなら健常者なんかやっていないと何度言えば・・・」

 
 このような書き込みが延々と続いていた。彼らは心身共に健全であるがゆえにできることは限られている。雑談を交えつつ、愚痴をこぼし合い、日頃のストレスをやっと発散していた。
 
 このような日常が延々と続くかと思われていたある日、ついに福音がもたらされた。

「みんな!以前書き込んだ心理学の研究やってるものなんだけど、ついにあの計画が日の目を見た。これでおれたちは救われるぞ!」
 そんな書き込みが掲示板に上げられた。
「うそ!!」
「きたーーー!」
「やった、やった!」
「ほんとにほんとなんだな。やったぞーーーーーーーーーー!」
 大勢の健常者がそのニュースを聞き、喜んだ。もちろんその中にマンクットもいた。

 数カ月後、マンクットが名刺を差し出す。受け取った相手は、裏を見ていった。
「障がい者コンプレックス!最近発見された精神疾患ですよね」
「ええ、健常者である自分は特別だという思いに強く囚われてしまいましてね。障がい者である周りが自分を妬んで迫害していると思い込む。そういう症状がでる病気なんです」
 
 健常者だった心理学者が研究し、最近、精神疾患として認めさせたのだ。
「ほお、それは大変ですな」
 相手は心底同情してくれた。種類は違えど、病を抱えるもの同士、親近感が湧くのだろう。相手とマンクットは優しく微笑みあった。

  
終わり 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で自作短編小説 4トーナメント 9位でした。投票ありがとうございました。

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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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