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YES-NO

「お待たせしました」
すごい美人が酒とつまみを運んできた。俺はその娘の顔を見つめる。視界の端に文字が浮かぶ。
”ノー”。下にロボットとある。
やはりな、と俺は思った。どこかで見たことのある顔だ。量産型のメイドロボットに違いない。
 最初から期待はしてなかったので、俺は特に気落ちはしなかった。なんといっても夜は長い。まだ俺の自由な時間は始まったばかりなのだ。
 グラスに口を付けた後、周りを見回してみる。そばのテーブルに座っている女に目が行った。視界の端に”イエス”の文字。しかしその下にアンドロイド、3万クレジットと出ていた。改造した商売女ということか。
 こんな夜にわざわざカネを払うのは馬鹿らしい。カネを使ってことに及ぶのは最後の手段だ。そしてどうせカネを払うなら少なくとも改造人間は御免被りたい。まあ、これは趣味の問題だが、服の下がどうなっているのか想像するのは楽しいが、あまりに意外性のある身体ではその気になれない。胸は二つ、あそこは一つで十分だ。

 結婚三年目、何が良くなかったのか、いやむしろ何が良くて結婚などしてしまったのか、俺と妻の中は急速に冷えきった。今では同じ家にいるのに、双方無関心になってしまっている。俺は別の女が欲しくなったのだ。
 そこで今日、妻には泊まりがけの出張ということにして、夜の街に繰り出した。俺は今日、久々に独身気分を味わっている。相手のことがわかるこのイエス、ノー、アプリケーションをセットアップした情報端末グラスをかけ、簡易変装マスクで顔も声も変えた。これで誰とならいたせるかを悩む必要もなく、下手に知り合いに会って、邪魔されることもない。準備万端。資金も潤沢にある。なんとしても一夜のお楽しみに預かるべく、こうして街を徘徊しているわけなんだが。

”ノー”、既婚。”ノー”、恋人あり。
”ノー”、十二歳。十二歳!!近頃の子どもの発育のいいこと。
”ノー”、専用ドール。金持ちの変態が作ったな。
”ノー”、バビンカ星人。見りゃ分かるよ。
”イエス”、なんだよ、男じゃないか。

 一夜の恋人を求めている女になかなかお目にかかれない。俺は次第に焦り始めていた。
 今度こそと思いながら、見知らぬバーに入いる。店には客はあまりいず、失敗か、と思って引き返そうとしたその時、カウンターの隅に女がいるのが目に入った。
 視界には”イエス”の文字。値段はない。アンドロイドでもない。恋人募集中の女だ。
 俺は早速バーテンに酒を注文すると女の横に座った。
「ここ、いいかい?」
 相手も情報端末グラスをかけている。俺がどんな目的で近づいたのが分かっているはず。ひと目で合わないと感じたならこの段階で断るだろう。しかし、
「どうぞ、丁度話し相手が欲しかったところなの」
 女はにっこり笑ってグラスを掲げた。

 馬が合うとはこういうことなのだろうか。女とはすぐに意気投合し、夜を共にすることになった。俺は喜び勇んで近くのホテルに女を連れて行った。こんなに興奮する出来事は久しぶりだ。

 部屋に入り、余裕を見せてシャワーを勧める。女がバスルームにいる間、ルームサービスで酒とつまみをとる。女と入れ違いに自分もシャワーを浴び、その後バスローブ姿で女と再び乾杯。そしてベッドへ。

 ベッドの中で相手は俺の思い通りに反応した。あまりに思い通りだ。意外性の欠片もない。俺は事を中断し、相手に聞いた。

「ひょっとして、お前か?」
「そんなこと言うということは、あなた?」
二人は驚いてベッドの上で固まった。

「お前、一体いつからこんなことを?」
 変装を解き、俺は妻に言った。
「そういうあなたこそどうなのよ。出張とか嘘をついて。きっといつもやってるのね」
 同じく変装を解いた妻も言い返す。
「冗談じゃない!結婚してからは、こんなことをするのは今夜が初めてだよ」
「わたしだってそうよ!」

お互い、身の潔白を証明するため、自分のIDとパスワードを告げ、ここ数年の行動記録を相手に閲覧させることにした。結果、少なくとも昨日までは妻は貞淑だった。俺の記録を見た妻も疑いを晴らしてくれたらしい。

「疑って済まん」
俺は妻に謝った。
「私こそ御免なさい」
妻も妙にしおらしい。
俺は妻を引き寄せて言った。
「そう言えばこういうふうにするのも久しぶりだな」
「ええ、そうね・・・。折角だから、続き、する?」
「やるか。じゃあさ、折角だから、お互いさっきの顔にならないか?」
「いいかも!」

この夜を境に妻との関係は修復した。夜は変装するのが二人の間でブームになった。もうすぐ、子どももできる。まあ、こんなこともあるさ。

ちなみに、俺達が使ったイエス、ノー、アプリは思ったより優秀で、波風が立たない相手だけにイエスと現れるようになっていたらしい。その後も時々使ってみたが、妻以外では商売女にしかイエスとでない。家庭を壊す要素が濃い相手は排除する仕組みになっているようだ。
 そんな配慮がないアプリはもっと高価で、闇で出回っているという。一応、そのアプリの取得法の調べはついている。いつか必要になるかもしれないからな。もちろん、俺にも妻にもそのアプリが必要になることが起きないよう願っているよ。ああ、ほんとさ、ほんとだよ。


終わり
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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