電子料理
「それではどうぞ、お召し上がりください」
目の前に美味しそうな料理が出されていた。食欲をそそる、香ばしい匂いがさっきから漂って来ている。
「じゃ、いたただきます」
プラピルーンはフォークを掴むと、目の前の肉が載った皿に手を付けた。Aという文字が書いてある。
「おっ、うまーい!」
思わず声を上げた。口の中に旨みたっぷりの肉汁が広がっている。
「こんな旨い肉、食べたことがない」
彼は腹をすかせた子豚のようにガツガツと目の前の料理を貪った。
「もう一皿の方も食べていただかなければなりませんので、その辺も考慮して、お食事なされるようお願いします」
プラピルーンにそばに控えていた担当の男が注意を促した。
「ああ、そうだった。じゃ、次はこっちを」
プラピルーンは隣のBと書いてある皿を引き寄せた。
「おお、これもなかなか!」
同じ肉料理だが、Aの皿のものとはまた違う味だ。
「あとで、詳しく二つの料理について感想をお聞きしますので、そのつもりでお願いします」
担当の男の声を聞きながら、プラピルーンは料理に舌鼓をうった。
ある日、プラピルーンは会社のつてで、料理のモニターに誘われた。彼自身、料理もするし、社内ではグルメで通っていたので、誘われたことに違和感はなかった。
しかし、モニターが行われる場所が変わっていた。ホテルやレストラン、どこぞの料理屋ではなく、なんと大学の研究室だったのである。
部屋に案内され、訝しむプラピルーンをよそに、担当の男が彼に説明する。
「このゴーグルを付けていただき、それから二つの皿に乗った料理を食べて頂きます」
担当の男が彼に渡したゴーグルには太い線がつながっていて、部屋の外に伸びている。さらにそのゴーグルは目だけでなく鼻もすっぽり被う形になっていた。
プラピルーンは今ひとつ納得がいかなかったが、相手に押し切られるようにして、ゴーグルを付け、テーブルに着いたのだった。
二つの皿を平らげ満腹すると、プラピルーンはゴーグルを外された。
「いかがでした?料理の方は」
担当の男がにこやかに聞いてきた。
「いや、うまかったよ。正直言って、今まで食べたことのない味だったけどね。いったい、あれは何の肉だったんだい?」
「何のと言われると説明しにくいんですが……、料理に違和感は感じませんでしたか?」
担当の男がプラピルーンに聞いた。
「はっ?それはどういう意味なんだ?」
罠にはめられて得体の知れない動物を食べさせられたのだろうか?
プラピルーンは怪しんだ。
「実はあなたが食べたのはこれなんです」
男が奥の部屋から持ってきてプラピルーンに見せたのは、ゼリーの塊のようなものだった。
「なんだね、これは?」
プラピルーンは驚いて尋ねた。
「これはこの研究室で開発中のものでして、人に様々な味を感じさせることが出来る電子的人工物なんです」
「味を感じさせる?」
「ええ、口内で人の味覚細胞に刺激を与えられるようになっていまして、その刺激でこれを食べた人は本物の食物を食べたような気になるのです」
「じゃ、さっきの料理は両方共これなのかい?」
「はい、どちらもこれです。でも味は全然違ったでしょう」
「ああ、同じ肉料理だったけど、まったく違った味に感じたな」
プラピルーンが言った。
「だとしたら、今回の実験は成功です」
担当の男がニコニコした。
「しかし、料理には臭いも大切なはずだが?」
「そちらはゴーグルに設置された方の機械が刺激しています」
「なるほど。そしてゴーグルに美味しそうに見えるような映像を映していたわけか。しかし、何故こんなものを作るんだい?」
今ひとつ納得できず、プラピルーンは聞いた。
男は答えた。
「一つにはこれを使うと料理を精密な科学的データとして扱うことが可能になる、ということです。どの味覚細胞をどれくらい刺激すれば、人はどんな味を感じるのか、それが分かるようになるのです。
それとこれをきちんと調節すれば手軽に高級料理を味わうことができます。貴重な食材や、最高級の料理人の腕を余すこと無く再現できるのですから」
「なるほど、言われればそうだ」
「しかし、最も画期的なことは、ダイエットに使えることでしょうか。この素材は人体に無害ですが、一切消化もされません。栄養的価値はないんですよ。ですから、いくら食べても太る心配はない訳です。つまり、中々手に入らない、超高級食材をふんだんに使った料理を気の済むまで、毎日食べられるということなんですよ」
「すばらしい。特に僕のような食いしん坊には願ってもない発明だ」
プラピルーンは感嘆して言った。
「ただ、まだいささか問題がありまして」
男が言いよどんだ。
「んっ?それは?」
「コストの問題です。まだこの素材は作るのには莫大な費用がかかるのですよ。そのため、いまのところ使い捨てが出来ず、回収して再利用しているんです。それでお願いなのですが、トイレはこちらの指定する場所をお使い下さい。とにかく貴重品なんで」
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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