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やさしい悪魔

「おい、おい。ちょっとこれはひどいじゃないか。どう考えてもありゃ無理やりだったぞ」
こっち側に帰ってきてすぐに、俺はそばの男、自称悪魔に文句を言った。
「俺にはあいにくサドっけはないんだ。あんなシチュエーションじゃかえってなえちまってダメなんだ。もっと別な感じのにしてくれよ」
 俺がそう言うと、やつは少し困った顔をして言い訳した。
「それは仕方がないんです。あの子の体験は後にも先にもあれだけでしたから」
「はあっ?」
俺はさっぱり訳が分からず、さらに詳しい説明をするように悪魔に促した。

 事の起こりはある日突然、悪魔が俺のアパートに現れたことから始まった。こいつは突然俺の目の前に出てきて、魂をもらう代わりに望みをかなえてくれると言ったのだ。
 信じた俺は何がいいかあれこれ考えている間に悪魔は魅力的な提案をした。世界中の女を好きなだけ抱ける、というものだ。
 自慢じゃないが俺は彼女いない歴がイコール年齢だ。正直、思春期からこっち、親しく話した女は母親以外いない。
 夜ごとの妄想は多分人並み以上、自分を慰めることにかけては世界で五指に入ると思える日々を過ごしていた。だから相手の提案は実に魅力的だった。心動かされていると、ためしにどうぞ、と悪魔は言って、俺は突然別の部屋に飛ばされた。
 
 すでに裸で、相手もベッドの中にいる。顔を見るとよく知っている女優だ。不思議とあわてることもなく、初めての体験をした。事が済み、感慨にふけっていると間もなく、元いた部屋に戻され、悪魔がほほ笑んでいた。当然俺はいちもにもなく契約した。

 それからは日ごと夜ごと暇さえあれば美女を相手に時を過ごした。誰でも知っている国民的アイドルや歌手もいたし、世界的なモデルもいた。俺が好みを言うとそれに合った女が相手をしてくれる。名指しでもオッケーだった。俺は心ゆくまでそれを楽しんだ。

 しかし、人間は飽きやすい動物だ。俺もその一人。毎日特上ずしを食っていると、たまには母親が作ったちらしずしが食べたくなることもある。俺もそんな気分になって、ある日、悪魔に会社の同僚を指名した。
 女の名はオカ シズコ。オカは同じ部署にいる俺の後輩で、おとなしく、あまり目立たない娘だ。顔はよく見ればかわいいかもしれないが、どことなく暗い。俺は彼女に好意は持っていなかった。むしろ、憎んでいたといってもいい。なぜなら、彼女は俺をあからさまに避けているのだ。いくら俺がきもい男だとしても、極端な態度を示すのは彼女だけだ。
 そんな明らかに俺を嫌っている女が悪魔の力で俺とエッチをするようになる。愉快に思えた。一種の報復だ。そう思ったのだが、それにしてもこんなふうなのを望んではいなかった。オカはずっと泣いてた。何度か止めようとしたのだが、なぜか体のいうことが聞かず、最後までいってしまった。

「実は私があなたに体験させていることは全部他人がすでに経験したことなんです」
 悪魔が済まなそうに説明した。
「つまり?」
「つまりですね。あなたが今まで相手をした女性たちは、あなたと行為をしていたのではなく、夫や恋人と経験してたんです。その夫や恋人の経験をあなたも実感できるようにしました」
「はあ、というと今まで抱いた女たちは俺とやったという自覚はないわけか」
「はい。全て夫や恋人との経験として、過去にあったことです。あなたはその経験を横からおすそ分けしてもらっていた訳なんです」
「なるほど。それで初めての時もスムーズにできたんだな。あと、なぜか一度も名前を呼ばれなかったことも納得できる。するとオカは」
「オカ シズコの現在までの経験で性的なものはあれしかなかったんです。それで今回のようになってしまいました」

 俺は考えた。彼女は小柄で押しも弱い。どのような状況だったのか知らないが、そこにつけこまれたのだろう。
 図らずもオカの多分触れられたくないであろう過去を知ってしまった。毎日顔を合わせるのにかなり気まずい。もちろん、俺がオカの過去を知っているなどということはおくびにも出せない。かなり気が重いことになった。

 それから俺は極力オカを避けて仕事をするようした。彼女も俺を避けているからそれは簡単だったが、避けるには常に彼女を意識しなければならない。そうやって、よく彼女を観察するようになると、俺が誤解していたことが分かった。
 彼女は俺だけを避けていたわけではないようだ。男子社員は全員、同じ扱いだった。多分、男性恐怖症気味になっているのだろう。社内一の独身イケメン君、ナガノでも明らかに避けられていた。
 あと、一つ、俺は夜ごとの楽しみが今一つとなってしまっていた。俺を好きになっているわけではないというからくりを知ってしまったせいもあるが、他の女を相手にしても、オカの泣き顔がちらつくのだ。
 俺はなんとなく、モヤモヤしながら、日々を過ごした。

 しばらくして、社内で宴会があった。全員参加のため、俺もそしてオカもそれに加わっていた。宴がたけなわとなり、少々ハメを外し始めるやつが出てきた頃、イケメン ナガノがオカに擦り寄って行ってた。明らかに自分を避けるオカにナガノが面白くないものを感じていることは、うわさで知っていた。
 あいつも俺とおんなじだ、と思ったが、俺と違うのはナガノは女にもてる。プライドは俺より数倍あるのだろう。そのために、実力行使に出たんだと思う。妄想で済ませることができなかったのだ。

 見るとナガノはかなり露骨にオカに言い寄っていた。普通の女ならうまくかわすか、喜んで受け入れるのだろうが、オカは違った。明らかに顔に恐怖の色が浮かんでいた。

 今思えば、何でそんなことをしてしまったのかわからないが、オカの泣き顔がちらついた俺は思わず止めに入った。
「やめろ、オカが怖がっているだろう」

 いきなり俺からそんなことを言われたナガノは、ムッとしたが、隣の女子社員や同僚がとりなしてくれたおかげで、事なきを得た。
 俺はそれきり、また普通の宴会に戻ったが、オカの様子を盗み見ると、彼女も平静を取り戻しつつあるようで、心のなかで、ほっとした。

 それがきっかけだったのだろう。次の日から、オカは俺に対してはおびえた態度は示さなくなったように思えた。そして、その内に普通に会話できるようになっていた。俺は社内でオカと普通に話せる唯一の男となった。

 そして、時は過ぎ、いろいろあったが、俺とオカは結婚することになった。
 俺は最初は同情だったと思うが、段々、彼女が愛おしく思えてきた。そこで、慎重にそれこそ気が遠くなるほど時間をかけて、彼女の心をほぐしていった。その間の方法は悪魔がいろいろ助言をくれた。俺があっちが駄目になって、他の女と楽しめなくなったおわびだそうだ。

 彼女の過去は彼女自身からは聞いてはいない。俺はどっちでもいいと思っている。
 彼女にプロポーズする時に、一応悪魔に確認した。魂は既にこいつに売り渡しているのだから、それで彼女が悲しむようなことがあるかどうか、それが聞きたかった。
 それを尋ねると悪魔は答えた。
「あなたの魂はオカ シズコにあずけることにします」

 やさしい悪魔だ。いや、悪魔というのはこいつがそう自称してるだけで、本当は違うのかもしれない。こいつが現れなければ、俺はいまだに女はただ抱くだけの、誰でもいい、体だけの、妄想のものでしかなかったろう。一人の人間としてみようとしなかったはずだ。
 こいつが悪魔でないとしたら、その反対の存在。天使?・・・

終わり


悪魔から一言
「わたしが魂をあずけるということは、オカ シズコは・・・・」


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 自作小説 2014.05トーナメント 優勝しました。投票ありがとうございました。

 
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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