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最後のキッス

 小高い丘の上に男が二人立っていた。一人は双眼鏡をのぞきこみ、もう一人はその傍らでタバコを吸っている。辺りはすでに暗くなっているが、男は双眼鏡で見ることを止めない。どうやら暗視装置付きらしい。
 そばの男が双眼鏡をのぞきこむ男に言った。
「どうだ、様子は?」
男は顔を向けずに答えた。
「今のところ火の手は上がってません。入り口からヤツが飛び出してくる様子もないです」
「そうか、抜かりなく見張ってろ」
 男はタバコを投げ捨て言った。

「でも、何でこんな手間を掛けるんですか。いつもの様に銃をぶっぱなして、山奥に埋めちまえば簡単なのに」
 黙って見張ってるのに飽きたのか、男が兄貴分と思われる男に聞いた。
「今回の相手は事故に見せかける必要があるのさ。サツに嗅ぎ回られるといろいろとボロが出る」
 ありきたりの答えに満足しなかったのか、男がさらに聞いた。
「それでも何も火事で死んだように見せかけなくてもいいんじゃねえですか。車でひくとか、海に落とすとか、ほかに手っ取り早い方法があると思いますがね。わざわざヤツを酔い潰して、家に発火装置まで仕掛けて、うまく火が出るかこうして見てなきゃならない。面倒くさいですよ」
 愚痴っぽくなった男に兄貴分が怒鳴った。
「馬鹿野郎!面倒臭がらずよっく見張ってろ。今回のこの方法は上からの命令なんだ。ヤツの家も死体もこんがり焼くようにってな」
 兄貴分の言葉に男は意外に思った。上から方法が指定されるとは珍しい。今までに覚えがない。好奇心を抑えられず、男は聞いた。
「珍しいこともあるもんですね、わざわざ上がやり方を指図してくるなんて。兄貴はその訳を知ってるんすか」
 兄貴分の方は男を見もせず、「まあな」と、答えた。
「良ければ聞かせてくださいよ。参考までに」
 男はこびるように言ったが、兄貴分の方は相手にする気がなかった。しかし、考えなおしたのか、再び別のタバコに火をつけると男に言った。

「まあ、バカのオメエに説明して分かるのかしらねえが、一応相棒だ。説明してやるよ。シン」
 シンと呼ばれた男は黙って耳を傾けた。
「今回、俺たちが始末する男は学者さんだ。何の研究をしているかって言うと、口の中のバイキン、口内細菌ってやつを扱っている。この男は優秀だったんだろう。虫歯や歯槽膿漏にならなくなる細菌を見つけちまったのさ」
「えっ、そいつあいいや。つまり虫歯にならないってことは、めんどくせい歯磨きをしなくてもいいってこってしょ」
 シンが思わず言った。
「馬鹿野郎!てめえ、俺たちが誰に雇われてるのか分かってるのか?」
 兄貴にえらいけんまくで怒鳴られシンが小声で答えた。
「世界歯科医師同盟・・・」
「だろう!その細菌が皆に広まって、誰も虫歯に成らなくなったらどうなる、えっ?俺たちの雇い主は」
「困る」
 シンが小声で答えた。
「そうだ。だからヤツをやらなくちゃならないんだ。が、それだけでは駄目だ。ヤツの研究も一緒に始末しなくちゃならん。研究の成果をヤツ自身が口の中に持ってることも考えられる。だから、自宅兼研究所もろともヤツをこんがりと焼かなくちゃならないわけさ」
「なるほど、分かったよ、兄貴」
 シンは納得した。
「でも、せっかくのすごい研究、もったいないんじゃないのかい。横取りして取っておけばいいと思うんだけど」
 シンは意外と頭が回る。その素朴な疑問に兄貴が答えた。
「それがヤツの研究は新発見じゃないんだ。その菌のことは組織の方で随分と前に分かっていたことらしい」
「えっ、というと」
「みんなを虫歯にしない方法はとっくに知ってたが、それでは商売が上がったりになるんで黙ってたって訳だ」
「えーっ!そいつはヒデエや。さすが俺たちの雇い主ですね。あっ!」
 シンが話を途中で切って叫んだ。
「どうした?」
 兄貴分が聞いた。
「ヤツの家の窓の明かりが、妙に明るくなって揺らめいてますぜ」
「そうか。ヤツがどっかから飛び出してこないか、よっく見とけ」
「おお!火の手が早い早い。もう家中に火が回ってるように見えます」
 しばし無言で二人は火に包まれつつある家を見ていた。町外れの一軒家のため、まだ近所の人間が集まってはいない。そのうちサイレンが聴こえてきた。

「よし、もういいだろう。ずらかろう」
 兄貴分の掛け声のもと、二人はそばに止めておいた車に乗った。
 
 事務所に帰る途中、シンがまた兄貴分に尋ねた。
「そういえば、ヤツには仲間はいなかったんですか。それともほかの奴らが始末したとか?」
 シンの疑問に兄貴分が答えた。
「ヤツは変わり者でな。たった一人で研究してたそうだ。妻も子も他の家族もいない」
「へえ、でも女はいたんじゃないんですか。そいつに自分の研究を預けるとか、口の中の菌をやっちゃってるとか」
「その辺の調べも抜かりはない。ヤツには親しくしている女はいない。たまに飲み屋に行く程度だ。そこの女将とかはいるが、そういう関係ではないようだ」
「はあーっ、随分と寂しいやつなんですね」
「人嫌いってやつだろう。ああいう学者タイプにはよくあることさ」

 その夜、懸命の消火活動もむなしく、二人に狙われた男の家は全焼した。翌朝には男の焼死体も見つかった。体内からアルコールが検出され、寝タバコの不始末が出火の原因とされた。二人の思惑通りことが進み、仕事は完璧と思われた。
 
 だが、男に関し調査が漏れがあった。実は男を密かに慕う者がおり、男が泥酔した時、密かに唇を盗んでいたのである。男の口には既に虫歯を防ぐ菌が定着していた。その口づけにより菌は移り、それが他の人にも伝わって、虫歯を防ぐ菌は徐々にみんなへ広まった。そしてついに虫歯や歯槽膿漏になるものが誰もいなくなったのである。こうして世界歯科医師同盟の野望は崩れ去った。

 彼の密かな恋心により、われわれは歯磨きから解放されたのだ。

終わり
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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