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夢をあきらめないで

「さあ、もうすぐだ。もうすぐだよ」
 男が興奮しながら機械を操作していた。モニターには記号や数字が流れている。そのそばには少年が立ち、男の様子を見ていた。
 男はひたすらモニターを凝視し、キーボードを打っていた。しかし、少年は別に気になるものがあるのか、そこから隣の部屋のほうを度々見ていた。
 そこにはベッドに女性が横たわっていた。女性は少年の母親であり、男の妻だった。眠る女性の頭には何やら機械が取り付けられていた。しかしそれはさほどの負担にならないのか、穏やかな寝顔だった。

「よし、これで準備は整った。さあ、これで母さんに夢を見せてやれる。いくぞ」
入力キーを音高く叩き、その後男は両手を打ってモニターを覗き込んだ。少年も頭を寄せ、モニターに描き出された画像を見つめた。
 その画像は少年の小さい頃のものだった。最初は生まれたてなのか、首もろくに座っていない。それがだんだんとしっかりしてきて、やがてハイハイを始めた。それからつかまり立ち、よちよち歩き。そして走れるようになり、と。どうやら少年の成長記録のようだった。モニターの中の少年はどんどん成長し、現在の少年の姿に近づいてきていた。そして現在の姿になるとカメラに近づき、「お母さん。見える。今の僕の姿だよ」と言った。

 母親は幼い頃病気で失明し、それ以来闇の世界で暮らしており、自分の夫や息子の顔を知ることはなかった。視力の回復は現在の医学では絶望的と言われていた。しかし一方脳と夢の研究が進歩し、自由に思った通りの夢を見る事が現実味を帯びてきていたのだ。夫はその研究に没頭し、その道の権威となっていた。夫の努力はただただ愛する妻に子供の顔を見せてやりたい一心での事だった。
 その努力がついに実を結び、今日のこの実験の運びとなった。妻の頭部に装着された機械を通し、今二人が見ているモニターの画像を妻も夢で見ているはずなのだ。

 やがてモニターに映し出されていた画像は切れた。実験は終わった。夫と息子は隣の部屋へ行き、眠っている母親を起こした。
 母親は直ぐに光を写さない目を開けた。
「ソーニャ、気分はどうだい?」
 やや心配そうに声をかける夫。
「ええ、大丈夫よ、あなた」
 ソーニャはゆっくりと起き上がり、頭部の機械を外して言った。
「どうだった、ねえ、僕の顔見れた」
 わくわくした様子で息子が聞いた。夫も実験の成果がどうだったのか、妻の言葉を待った。
「ハンサムになったのね、ミーシャ。本当立派になったわ」
 その言葉を聞き、息子は嬉しそうに母親に抱きついた。
「良かった、夢の中だけど、見えるようになったんだね。これからもっといっぱいいっぱい見せてあげるよ、母さん。家の中や街や、それから・・・」
 興奮してしゃべりまくる息子を抱きしめながら、ソーニャは微笑んでいた。しかしその表情に一抹の陰りがあるのを夫は見逃さなかった。

 しばらくして、夫婦ふたりきりになった時、夫が切り出した。
「ソーニャ、何か隠していないかい、実験のことで」
「えっ?」
 彼女のためらった表情を見、夫は確信した。
「本当に、ミーシャのことが見れたのかい?僕をがっかりさせないようにと嘘を付いているんじゃないのかい?もしそうなら心配しなくていいんだよ。実験が失敗することなんてありふれた事なんだから」
「いいえ、そうじゃないの。あなたの機械はちゃんと動いたわ。ちゃんとミーシャの姿が見れた。こうして今でもはっきりと、隅々まで思い出せるわ」
「すると・・」
「いえ、それは・・、その」

 妻の言いたいこと、一抹の陰りの原因、それが急に夫にひらめいた。
 妻は幼い頃光を失ったが、それでもある程度のことは見て、覚えていられる年齢には達していた。妻は子供の頃から可愛い子だった。それが盲目となり、夫と結婚、息子が生まれた。妻の兄弟たちも子供の頃から可愛かったらしい。当然妻はその延長線上で息子の容姿を想像していただろう。しかし残念ながら夫となった男はけしてハンサムではなかった。そして息子は夫の血を濃く受け継いでいた。

 自分の姿は正直に夢見させるべきか、それとも多大なる修正をするべきか、夫は苦悶した。

終わり
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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