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悪魔的行為

「どうだい、決心は着いたかね?」
 若い男のそばで何やら怪しげなものが男に囁きかけた。
「うるさいな!黙っててくれ」
 男は耳の側にまとわりついているものを跳ね除け、目の前にある大きな装置を見つめていた。装置は円筒状でドアがあり、人一人が入れる大きさだ。それが並んで二つあった。
 それは人間用として完成したばかりの物質電送装置だった。男はこの装置の開発者で、今、自分自身がその装置に入り、研究の結果を確かめようとしていたのだった。
 では、男にまとわりついているのが何かといえば、これが悪魔だった。男が研究に行き詰まり、一人部屋で苦悶していると、突然、何の前触れもなくそれが現れたのだ。そして、男の死後の魂と引き換えに、物質電送装置の作り方を男に教えたのだった。
 悪魔に教えられた通りの仕組みで、男は最初は小型の装置を作った。いきなり、人体実験はできない。何と言っても悪魔が教えてくれたものである。信用できるわけはない。そういう訳で、その装置ではじめにただの物、ペンや書類、携帯電話など、無生物を電送してみた。
 実験は成功だった。 一方の装置にそれらのものを入れ、機械を作動させると、もう一方の装置に一瞬のうちに移動した。試しにそれらを使ってみるとちゃんと使え、おかしい所は一つもなかった。
 それでも男はまだ装置を信用せず、次に鉢植えやマウスなど動植物を装置に入れ作動させてみた。前と同じく、それらは一瞬で移動し、形も寸分違いはなかった。しかし、男はそれでは満足せず、その後一週間、それら動植物の様子を観察した。結果、何事も無く、木やねずみは普通に花を咲かせ、餌を食べていた。
 ことここに来て、ようやく男は人が入れるだけの大きさの装置を作った。そしてついに人体実験となったのである。

 男はイライラした様子で装置の前を行きつ戻りつしていた。男のそばにまとわりついているものがニヤニヤと笑っている気がするのだ。
「俺はやはりこいつに騙されているのではないだろうか?電送装置に入ったらそこで命を落としてしまうのでは?それでなくてもなにか致命的なことが起こるのではないのだろうか。それがヤツの狙いなのでは?」
 男は悪魔と契約などするのではなかったと後悔していた。最も信用のおけないはずの存在と契約を交わすなど、あの時は頭がどうかしていたのだ。それだけ研究で結果が出ないことに追い詰められていた。仕方なかった。けれど・・・。

 男は立ち止まり、高らかに宣言した。
「今日の実験は中止する」
「なんだい、怖気付いたのか」
 耳元でそう囁きが聞こえた。
「うるさい、とにかく今日は中止だ。人体実験は一週間後に延長する!」
 男は声高に叫んだ。
「ほう?先に伸ばすことに何か意味でもあるのかい?」
 悪魔は意外な様子でそう聞いた。
「黙れ、とにかく一週間後に実験だ。それまで俺の前に顔を出すな。わかったか」
 男の強い口調に悪魔は渋々従った。
「ああ、分かった。一週間後だな。その時またここに来るよ。分かってると思うが、俺から逃げようなんてのは無理なことだからな。電送装置の完成が確認された時点で、契約は成立。その後お前が死んだら魂は俺のもの。どこに居ようがお前の魂は俺が貰い受ける」
「電送装置が完成したとは、まだ俺は認めてないぞ。まだ人体実験が残っている。人の使用でも安全が確認されなければ、完成じゃない」
「ああ、だからさっさと機械に入って安全性とやらを確かめろよ」
「そう安々とお前の思う通りに動く気はない」
 男の言葉を聞いて悪魔は去っていった。

 数時間後、男はどこからかホームレスの老人を実験室にひっぱてきた。老人の様子は明らかにおかしく、ひどく酔っ払っているようだった。半分意識のない老人を男は電送装置に押し込め、機械を作動させた。
 老人は一瞬で移動し、着ている服の様子から、汚い髪の毛、そして酔っ払っている状態まで、さっきと全く同じだった。
 男は、ほっとした表情をし、今度は老人を機械から引っ張り出し、実験室から老人を連れ出した。

 一週間、男は元の場所に戻しておいたホームレスの老人の様子を観察した。老人の様子はどこも変わりが無いようで、仲間達も老人の様子が変わったようには思っていないようだった。どうやら、電送装置は人体に対して悪影響を及ぼすことはないらしい。男はそう確信した。

「では始めるよ」
 実験室で今まさに男が装置に入ろうとしていた。男が入ったら自動的に機械が作動するようにセットされている。
「今日は随分自信ありげなんだね」
 約束通り一週間後に現れた悪魔が言った。
「ああ、お前にだったら言っても構わないから告白するけど、実はもうすでに人体実験は終わっているのさ」
 それを聞き、悪魔はニヤッとして言った。
「どうやら、その栄えある最初の体験者はあんたじゃなさそうだな、俺が言うのも何だが、それは悪魔的行為だぜ」
「まさしくお前が言うな、だな。とにかく、電送装置は完璧に作動したようだ。私の死後、魂をやることに関して既に認めてるよ。まあ、だからこれは蛇足になるが、自分でも体験してみたいからね。二番目でも十分だよ」
 そう言って男は装置に入った。

 次の瞬間、男は見知らぬ世界にいた。周りじゅうにもやがかかり、薄暗い。地面も確かめられなかった。
 眼の前に悪魔が現れ、「魂をありがとう」と言った。
「えっ、そんな!だってあのホームレスはなんともなかったのに!」
 驚愕し、半泣きになっている男に、悪魔は首を振って言った。
「やれやれ、やっぱりあんたはあの装置の原理を理解はしていなかったのか」
「!」
 訝しむ男に悪魔が言った。
「あの装置は片方に入ったものを分解し、データ化する。そしてそのデータをもう一方の装置に送って、そのデータを元にものを作り上げるんだ。最初に入ったものが配線を通って出て来たように見える。でもな。人の場合だとして、DNA配列から、脳の配線、記憶物質まで同じだとしても、実は同じ人間じゃないんだ。同じように酸素分子が使われたとしてもそれは元のものにあった酸素分子ではない。違う酸素分子が使われているんだ。要はあの装置に入って機械が作動すれば、中に入った人間は死ぬんだよ」
 説明を聞いて肩を落とす男に悪魔は言った。
「まあ、ものは考えようだ。あんたと全く同じ人間がちゃんとあっちの世界に残っていて、電送装置の完成者として、世界中の賞賛を浴びることだろうよ。そして装置は世界中に普及する。多分、あんたは歴史に名を残すぜ。かく言う俺も、仲間達がいつまでも契約者の死を待たなくて良くなったことに対して、お褒めの言葉をいただけるわけだ。いつか、あんたのような男が現れるのをずっと待っていたのさ。電送装置を作るために我々の力を借りようとする男をね」
 悪魔は高らかに笑った。

終わり
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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