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赤ずきん

  
 森から帰り、猟師が自分の家に入ってみると、食卓のそばの椅子に見知らぬ男が座っていた。猟師は一人暮らしで、見知らぬ男が家族の誰かの知り合いということはありえない。
 すかさず猟師は鉄砲を男に向けて言った。
「誰だ、お前は。ここで何をしている!」
 銃口の前でも男は落ち着いた素振りで椅子から立ち上がり、逆に猟師に問いただした。
「お前が猟師のヨハンで間違いはないか?鍛冶屋のパウルと知り合いの」
 男の身なりのよさと横柄な物言いに、猟師は見知らぬ男は役人だと思いたち、鉄砲を降ろして答えた。
「はい、私が猟師のヨハンです。鍛冶屋のパウルとはよく話す仲です」
 ヨハンの返答に男は再び聞いた。
「そうか、ならばお前に聞きたいことがある。赤ずきんについてだ」

 ヨハンは一瞬顔をひきつらせたが、直ぐに真顔になり男に尋ねた。
「赤ずきんといいますと、あの女が子供に聴かせるおとぎ話のことですか?」
「そうだ、童話の赤ずきんのことだ」
 男がにこりともせずに言い返したことで、ヨハンは笑って言った。
「そりゃ、何の冗談です、旦那。そこらのばあさんに聞くならまだ分かりますが、よりにもよって、ただの猟師のこの俺に、童話のことで訪ねてきたとは。いや、傑作な話だ」

 ヨハンは大声で笑ってはいたが、どこかその笑いは作り事めいていた。それを見透かしたように、男が冷たい声で語りだした。
「昨夜、村の酒場で、鍛冶屋のパウルが、どういう訳か知らないが、赤ずきんの話をしていた。聞くとはなしに聞いていると、話は途中まではよく知っている展開だった。しかし最後が私が知っているものと全然違っていた。私が知っている話では赤ずきんは狼に食べられて終わる。ところがパウルの話では赤ずきんもおばあさんも猟師に助けられ、狼は殺される」
「はあ、さようで。パウルがそんな話を酒場でしていたんですか」
 とヨハンが言うと、
「とぼけては困るな」と男が鼻で笑った。「このあとから作り変えられた話はお前から聞いた、とパウルは言っているんだぞ」

 ヨハンは悪びれもせず、「ああ、そうでしたっけ」と、笑った。
 男はヨハンの目をじっと見つめ、返答を迫った。
「さて、ヨハン。君は誰からこの作り変えられた話を聞いたんだ」

 ヨハンは男の迫力に押されながらも、目を逸らし、考える格好をした。
「えー、誰だっけかな。聞いたのだいぶ前だしな。聞いた時酔っ払っていた気がするんだよな」
 ヨハンはしばしウンウンうなっていたが、やがて顔を上げ、男に向かってたずねた。
「その話を誰から聞いたか、重要なことなんですか、旦那。どうも、思い出せそうにないのですが」
 許しを乞う目をしてヨハンは男を見たが、男は鋭い目でヨハンを見返し、こう言った。

「五年前、領主の息子がこの近くの池で死んでいるのが見つかった。池のそばを通る道に、崩れた箇所があり、そこから落ちたと思われた。
 ただし、領主の息子は泳ぎは達者な方だった。季節も水ぬるむころで、たとえ落ちたとしても自力で這い上がれるはずだった。
 けれども領主の息子は酒好きで、よく深酒をして動けなくなっている姿が目撃されている。
 また、死体の頭にはぶつけたあとがあり、池に落ちる時、頭を打って気絶した可能性もある。
 そのため、一応、領主の息子の死は事故死としてカタがついた」

 淡々と語る男をヨハンはただ恐怖の目で見ているだけだった。男は少し間を置き、ヨハンを見返したが、ヨハンが何も喋らないのが分かると再び話を続けた。

「領主の息子の死体が池で発見される三日前、そこからほど近い森の奥に一人暮らしをしていた老婆が亡くなった。
 わずらっていたらしく、発見されたときはベッドに寝間着姿のまま横たわっていたという。
 年も年であったため、何の疑問もなく、病死ということになった。
 老婆が死んでいるのを最初に見つけたのは、親しくしていた猟師だった。
 その猟師はヨハン、君だね」

 その問いに今まで無言で床を見ていたヨハンは、弱々しく答えた。額に汗が浮かんでいる。
「はい、そうです。インガばあさんが死んでいるのを最初に見つけたのは俺です」

 ヨハンの答えを満足そうに聞いた男は更に話を続けた。
「インガのお葬式で一つ、気になることがあった。孫の一人、ブリギッタがお葬式に顔を見せなかったのだ。
 家族の話では重い病気にかかり、ベッドから出られないという。
 少女の病気はなかなか快方には向かわず、少女はずっと部屋にこもりきりで、やがて転地療養ということで、遠くの親戚に預けられた。少女は今も村には戻って来ていない。
 少女は死んだインガおばあさんとは大変仲が良く、おばあさんの家によく行き来していた。
 インガおばあさんが亡くなった日も、病気にならなければおばあさんの家に行くはずだったらしい」

「旦那」
ヨハンが口を挟んだ。しかし男は強引に話を続けた。

「その少女は幼いながら村で評判の器量よしだった。
 死んだ領主の息子はけして行状の褒められた男ではなかった。男は一度年端もいかぬ娘をかどわかし、騒ぎになって、金で解決したことがある」

「旦那、もうやめてください」
 涙声でヨハンが男を制した。
「旦那は全部分かってらっしゃるんですね」

「全てというわけではない。出来れば話して欲しい」
 涙を流し続けるヨハンを見つめ、男が言った。ヨハンはうなずくと五年前のことを語りだした。

「あの日、猟から帰って、インガばあさんの家の前を通ると女の子の叫び声が聞こえてきました。ただごとではないと思い、急いでインガばあさんの家に入ると、そこに領主の息子とその下で泣き叫んでいるブリギッタがいました。ただし、ブリギッタに乗っているのが領主の息子だと分かったのはあとからの話で、そん時は誰だか分からず、とにかくその男を思いっきり蹴りつけたんです。
 男は吹っ飛んでタンスの角に頭をぶつけ、動かなくなりました。俺はブリギッタをなだめ、インガばあさんのことを聞いたのですが、泣きじゃくって話しになりませんでした。
 寝室を見ると、そこに既に動かなくなっていたインガばあさんを見つけました。首の骨が折れているようでした。
 直ぐに役人に届けようとその時は考えたのですが、倒れている男をよく見ると、男は領主の息子でした。
 旦那はご存知か知りませんが、その当時、領主の息子は大変恐れられていたんです。それこそ、何人もの男女がひどい目に合っていました。役人に訴えても、無視されるし、何より訴えたことが分かったら、大変な仕返しが来たんです。そんな息子なのに、領主は一向にとがめることもなく、息子をかわいがっていました。その息子を殺してしまったんです。俺は大変なことをしてしまった、と、その時思いました。
 しばらく考え、俺は何もここで起こらなかったことにすればいいということに気付きました。インガばあさんには気の毒ですが、病気で死んだことにして貰い、ブリギッタはここには来ておらず、家で遊んでいたことにする。そして、領主の息子は近くの池に沈めてしまおう、と決めたのです。
 袋に石を詰め、それを領主の息子に体に縛り付け、池に投げ込みました。そして、ブリギッタをマントにくるんで、家まで届け、ブリギッタの両親に事の次第を告げました。両親も俺の考えに賛成してくれ、インガばあさんは病死ということで葬式が出されました」

「それじゃ、遺体が浮かんでたのは何故なんだろう」と、男が尋ねた。
「それは、多分、袋を体に縛り付けるのが甘かったからだと思います。途中でおもりが外れてしまったんでしょう」
「なんで今頃、しかも童話にかこつけてこんな告白めいたことをする気になったんだい」
 男が一番謎に思っていたことを聞いた。

 ヨハンは少し間を置いてから言った。
「実は先日親戚に預けられていたブリギッタが疫病で死んでしまったんです。そこで、最早バレても誰に迷惑がかかることもないと思って。
 この五年、生きた心地がしませんでした。正当に裁きを受けるべきだ、と思っていたんです。でも、やっぱり、怖くて。それで分かる人には分かるように童話の改作というかたちで広めようと思いたちました。
 やはり、悪いことはできないもんで、やっぱりこうして直ぐにお役人が現れた。どうか逮捕してください」
 
 そう言って、ヨハンは両手を差し出した。男はそれを押しとどめ言った。
「何を勘違いしてるかしらないが、私は役人ではない。お前を捕まえる気は全然ないよ。むしろ、お礼をしようと思ってこうして来たのさ」
 男は懐から袋を出し、台の上においた。中には金貨がたっぷり入っていた。
「旦那、これはどうゆう・・・」
 ヨハンが狐に摘まれた顔で金貨を見て言うと、男が答えた。
「去年、父が亡くなったので、このくらいの金は自由になるんだ。それもこれも、五年前に兄が亡くなり、弟の私に跡継ぎの地位が回ってきたから出来ることなんだが」
 それを聞いてヨハンが男の顔を見た。

「思うに、お前が改作した話のほうが童話としていいな。赤ずきんは狼に食べられてしまいました、ではやるせないままだ。きっと、お前が改作したほうが世の中に知れ渡るだろうよ」
そう言い残し、男は去っていった。ヨハンはその後ろ姿をただ見つめていた。

終り



 
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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