FC2ブログ
コンテントヘッダー

初めてご訪問された方へ



 いらっしゃいませ。
このブログにはしろうとが趣味で書いた創作ショートショートが載せてあります。

 

続きを読む

スポンサーサイト



このページのトップへ
コンテントヘッダー

シンデレラの罠

   


 イトウソウジは既に店に来ていた。私は軽くうなずき、対面の席に座る。彼は私の義妹の従兄妹に当たる。そして私の中高の同級生だった。
 彼らの祖母の葬儀が終わり、しばらくたった頃、私に話があるという連絡が彼から来た。そこで、この店を待ち合わせの場所に指定したのだった。
 飲み物を注文した後、当たり障りのない会話が続く。なかなか本題には入らない。まあ、彼からしたら言いにくいんだろう。それならばということで、私から切り出した。

「それにしても、あなたのおばあさん、いくら亡き娘の忘れ形見とはいえ、ミチコちゃんだけに全財産を譲るよう遺言書を残していたとは、驚いたわ」
 私の言葉に彼は苦笑いをした。
「僕もだよ。祖母はミチのことになるとちょっとおかしくなるな、とは思っていたけどね」
「まあ、魔法使いのおばあさんだったんだからしょうがないよ」
 私はそう返事した。私の言ったことに意味が判らないのか彼はキョトンとしている。
「魔法使いのおばさんってどういうこと?」

「あれ?知らなかった?」私は笑った。「私とトモミがあなた達のおばあさんに付けたあだ名。ミチコちゃんには受けてたんだけどな」
「知らないな。なんでそんなあだ名に?」
 本当に聞いてないのか?私は疑問に思いながらも答えた。
「なんでって、私達の母とミチコちゃんのお父さんが一緒になった後、私達が影でなんて言われるようになったか知ってるでしょう?」

 彼は頭を振った。
「いいや。知らない」
「そう?」
 私は彼を見た。とぼけてるようにも見えるが、まあ、いいか。
「中学生の時に私達三人が同じ家族になったわけだけど、それ以来あなたの従兄妹は女子の間で東中のシンデレラって言われてたのよ。で、私とトモミはシンデレラの姉ってわけでさ。だから、亡くなったあなた達の祖母は魔法使いのおばあさん。シンデレラが困っていると現れて、色々助けてくれる人」

 それを聞き、彼は不快な顔をした。
「確かにミチのお父さんが再婚したことで、ミチにはシンデレラみたいに継母と義理の姉二人ができたさ。けれど、それで君たちをシンデレラの姉呼ばわりはひどいと思うな。どう考えても悪口じゃないか」
 
 私は笑顔を崩さずに言った。
「でも仕方ないと思うよ。だって、ミチコちゃん、すごい美少女じゃない。私、初めて会った時びっくりしたもの。世の中にはこんな可愛い子もいるんだって」
 彼らの曽祖父はロシア人だったとかで、顔の作りからして違っていた。親類みんな美形揃いで彼らが並ぶと壮観で圧倒される。
「それに対して義理の姉である私達はというと、どう贔屓目に見ても並以下。しかも母娘揃って意地悪そうな目つきをしていて、こりゃ、義理の妹はいじめられてるな、って誰でも思っちゃうよ」

「そんなことはないよ!」
 彼は幾分声を荒らげた。
「君たち姉妹が意地悪そうだなんてことは絶対ない。それに、君たちはミチのことをこれっぽっちもいじめたりしてないじゃないか。むしろ、気の使いすぎじゃないかな、と僕は思っているんだが」
 
 ほう?そんなふうに考えていたとは意外だ。多分、礼儀上、言ったのだろうけど。
「でも、家事全般をミチコちゃんに押し付けてるんだから、いじめかなあとも思うんだけど」と、私は言った。
「しかしそれだって、ミチの希望に沿っただけだろう」
 彼は反論した。
「ミチは小さい時からお母さんから色々教えられていたから料理や掃除はすごく得意だし、現に今だって喜んで家を切り盛りしてるじゃないか」

 そうなのだ。ミチコちゃんの亡くなったお母さんはとても家庭的な人で、ミチコちゃんもそんなお母さんが大好きで。
「それに、これはミチから聞いているか知らないけど、叔母さんが大事にしていた調理道具や食器なんかを当初は誰にも触らせたくなかったらしい。そんな気持ちを汲んでくれて、家事全般を任せてくれた君のお母さんには、ミチは感謝してたよ」

「まあ、ミチコちゃんからそれを聞いて、私達は台所では好き勝手したことはないけれど……。そんな事情みんな知らないわけだし。それに、家族旅行とかではミチコちゃんを置いてきぼりにしてる」

「それも違うだろう」
 彼は言った。
「ミチは子供の頃嫌な目にあってからは極力外に出たがらないじゃあないか。それに家族旅行と言っても、マサノリさんも仕事が忙しくて同行していないことが多いんだし、わざとミチを仲間外れにしてたわけじゃないじゃないか」
 そうなのだ。美少女の宿命なのか、ミチコちゃんは悪い男に拐われそうになったことがあるらしい。それで、今もよっぽどのことがない限り、人混みには出ない。若い男は近づくだけで恐怖を覚えるそうだ。この従兄弟は唯一の例外だ。
 
 それにしても、彼はよく我が家の状況を知っている。ミチコちゃんは彼にはなんでもしゃべっているのかな。
「ええ、確かにそうかも知れないけれど、世間には通用しないよ。あなたのおばあさんだってミチコちゃんは可哀想なシンデレラだから、助けてやらなくては、と思ってたんでしょう。ガラスの靴はなかったけれど、生前もやれ誕生日だ、クリスマスだって時は、色々送られてきてたよ」
 そして、ついでに私達の悪口も周囲に言っていたらしい。母は継子には何も買ってやらないようなので、私が送っているのだ、とか。
「ミチコちゃんは自分の境遇に一応満足していたから、可哀想な子扱いされるのは正直閉口していたみたい」
 そして、おばあさんが私達の悪口を言っていることも知っていて、心痛めていたようだ。
「だから、これ以上あなたのおばあさんから何も受け取る気はないんだよ、きっと」
 
「多分そうなんだろうな」
 彼はうなずいた。
「そういう訳だから、相続拒否の意思は固いと思う。私が説得したくらいではウンと言はないと思うよ」
 残念ながらあなたの希望通りにはいかないだろう。私は彼がどんな顔をするのか注視した。

「まあ、だめだろうね」
 彼はあっさりと言った。
「僕としてはミチの気持ちを尊重するつもりだよ。父と母がどう考えてるか知らないけど」

 あれ?どういうこと?私にミチコちゃんの説得をして欲しくて呼び出したんじゃないの?
 私は少し混乱して黙っていると、彼は突然言った。

「彼氏と別れたんだって?」
 は?なに?なんで知ってる?彼氏とは高校からの付き合いだから、私の彼氏の存在を目の前の男が知っていてもおかしくはないが、別れたのはつい最近のことだ。
 ミチコちゃんか?ミチコちゃん、この男に何でもしゃべりすぎじゃないだろうか。私達の個人情報は勘弁してほしいところだ。
 
 私はややうろたえながら、答えた。
「そうだよー、足の指切ったりしてないからまだましだけど、シンデレラの姉では王子様と結ばれるのは厳しいらしいや」
 彼はなんとも言えない、やや緊張したような顔をして言った。

「じゃあ、また、食事に誘ってもいいかな?」
 はあ?
 えっ?
 なに?えっと、そういうこと?
 えーっ!

 中学時代、彼は名前をもじってイトウ王子と女子の間で呼ばれていた。彼の容貌は少女達にとって王子様に相応しいものだったのだ。

 シンデレラの姉と王子様。無理、不釣り合い、という思いと、姉がシンデレラを差し置いて王子と結ばれるというある種のカタルシスを感じて、私は戸惑った。
 いけない。私はシンデレラの姉などではなく、彼も王子様なんかじゃあない。でも……。

「ええ、いいわ。食事くらいなら」
 私はそう返事した。
 含みをもたせ、とりあえず問題は先送りしよう。そして慎重に見極めよう。シンデレラの罠に嵌まらないように。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

 鉄槌



 スピーカーからの声が言った。
「それで旦那さんは?」
「401号、確定と」
 私はつぶやき、スマホを手に取った。

 サカイは無言で私のすることを見ている。
 連絡を終え、顔を上げると彼が尋ねた。
「どこにラインしたんですか?」

 ここはラブホテルの管理室。オーナーの私は失職中の彼を勧誘していた。
 このホテルでは各部屋に盗聴器が設置されており、この場所で好きな部屋の盗み聞きができる。
 
「興信所」
 私は答えた。
「興信所?」サカイが驚いて言った。「なんでまた?」
「さっき、スピーカーから聞こえてきた会話、聞いてなかったのか?”旦那さんは?”って男の方が言っただろう。つまり、女は既婚者だ。ということは、401号室は不倫カップルとみて間違いない」

「ああ、多分そうなんでしょうね」
 サカイは不快な顔をして、吐き出すように言った。
「だから401の二人がどこの誰なのか、調べてもらうのさ。二人は車でここに来てるので、駐車した位置と車種も伝えておいたよ。車にGPSを付けられるようにね。勿論、二人がホテルを出る時にも連絡する手はずになっている」

 サカイは驚きを隠せないようだったが、すぐに言ってきた。
「そんなことして、相手を強請るつもりですか?随分危ない橋を渡るんですね。不倫程度、屁とも思わない輩はいっぱいいますよ。逆に訴えられませんか?脅迫されたって」
 私は微笑んだ。
「まあ、そう考えるのが当然だろうが、二人を強請る気はまったくないよ」

「じゃあ、なぜそんなことをわざわざするです?一文にもならないでしょう」
 サカイが訝しげに聞いた。
「別に一文にならなくてもいいんだ。不倫しているやつらに鉄槌を下せればね」
 私はにこやかに答えた。

「鉄槌?」
「そう、不倫カップルにはちゃんと償ってもらいたいと思ってるんだ」
「というと?」
「二人の後をつけ、どこの誰か判明したら、その配偶者に事実を伝えるんだ。あなたの伴侶は浮気していますよ、ってね」
 サカイは驚いたようだった。私はかまわず続けた。

「伝えるのは興信所の者だけど、一度だけでなく何回も会っている証拠を掴むべきだと相手に勧めるんだ。勿論、自分のところに頼んでもらえれば、確実だと宣伝もする。するとまず間違いなく、宜しくおねがいします、となる。
 それで調査を進め、証拠が十分揃ったら、今度はその手が専門の弁護士を紹介する。離婚になるかそのまま夫婦を続けるかは当事者次第だけど、慰謝料は必ず請求するように促すんだ。取れるだけ取りましょうってね。金額が弁護士の報酬にも関係するんで、一生懸命やるよ、彼ら弁護士は」
 私は笑っていった。

 サカイは困惑しているようだった。
 彼は昨年、15年に渡る結婚生活に終止符を打った。ある日、女が彼を尋ねてきて、サカイの妻に慰謝料を請求する旨を告げたのだ。女はサカイの妻の不倫相手の女房だった。証拠はきっちり取ってあり、彼の妻の不貞は疑いようもなかった。
 そして、女は自分が自分の夫と彼の妻の関係を知ったのは興信所からタレコミがあったからだと説明していた。

 私は興信所を通し、それをすべて知っていた。
 まさか、このホテルが自分が離婚したことに関係しているのか?そう考えたのだろう。サカイは事の真相を聞きたそうにしていたが、結局黙った。

「どうだろう?こんな風に普通のラブホテルとはちょっと違っているんだが、ここに務める気はある?勿論、来るカップルすべてが不倫関係なわけはないので、通常の業務がほとんどだけどね。さらに、絶対、このことはよそに漏らしてもらっては困るので、もし、万が一のときは相当のペナルティを払ってもらうことになるけど」

「是非お願いします。やらせてください」
 サカイが頭を下げた。
 計画通りだ。不倫カップルに対して復讐心に燃える彼ならここの安月給でも努め続けるのに違いない。今回のように、時々偽の不倫カップルをここに送り込んでやれば、もっと給料を下げても働いてくれるかもしれない。
 
 彼が息子と思っていた内の一人とは血がつながっていなかった。そこでサカイはろくに金も与えず、その子とその母親を追い出した。
 
 私も子供の頃、同じ目にあっている。確かに母は悪いことをした。しかし、私になんの罪があったというのだ。
 サカイに追い出された、血がつながっていなかった息子に代わって復讐を、鉄槌を下してやろう。せいぜいこき使ってやる。

終わり

 

 
 

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

死後ノート

  

「ミズエ叔母さんは、あの、私の母が、その……、父を裏切って他の男の人と付き合っていたの知ってましたか?」
 首をうなだれたまましゃべろうとしなかった姪が、意を決したように顔を上げた後、私に言った。
 
 あまりにも予想外の言葉に私はすぐに言葉が出なかった。
「はあ?何、突然?姉さんが?どうして?」と、言ったところで気付いた。「あなた、読んだの?あのノート」

 半年前、姉が死んだ。病死だった。
 二年ほど入退院を繰り返した末のことで、本人も周りも覚悟はできていたはずだった。そのはずだったのだが、姪の落ち込み様はひどく、葬儀から半年以上過ぎた先月、やっと遺品の整理に取り掛かり始めた。

 姉は若い時に夫を亡くしており、子供は姪一人。そして私たちの両親も私たちが幼い内にこの世を去っていて、肉親は私しかいなかった。そこで姪と二人で、形見分けも兼ねて姉の持ち物を色々引っ張り出していたのだが、先日、押し入れの奥で、紙袋に入っていたノート数冊を見つけたのだ。
 表紙には日記と書いてあり、それを見た途端、生前病院のベッドで私と姪を前にして姉が言ったことを思い出した。
 自分の書いたノートが押し入れにあるから、見ずに処分してほしい、と。
 
 姪も思い出したらしく、「母が言っていたノートってこれのことなんでしょうね」と、紙袋を見ながら言った。そして「どうしましょう?」と困惑した顔を私に向けたのだ。

 生前、姉は文筆業をしていて、少しは名の通った人だった。なので、その姉の日記だから、興味を持つ人がいるかもしれないとは思う、のだが。
「そうね、ひょっとして価値があるのかも知れないけど、故人の願いなんだから燃えるゴミに出すのが一番なんじゃない」
 私はそう提案した。

「そうですね。母の希望ですものね」と、姪はそのノートを紙袋ごと地域指定のごみ袋に突っ込んだはずだったのだ。しかし。

「はい。悪いとは思ったんです。けれど母がどんなことを考えていたのか、知りたい気持ちがどんどん強くなって、あの日ごみには出さず読んでしまいました」
 姪は気まずい笑いを浮かべ白状した。

「その日記に姉さんが誰か男の人と付き合っていたことが書いてあった訳なのね」
「はい、そうなんです」姪はうなずいた。「日付はとびとびでしたけれど、私が生まれた頃から始まっていて、そこに私が父の子なのか、隠れて付き合っていたその人の子なのか自分でもわからない、そんな風に書かれていたんです」
 
 はあ?まさかそんなこと……。姉さん、なぜ?
 言葉が出ずに押し黙っていると姪が言った。
「あの、私の父親が本当は誰なのかとか、確かに少しは興味がありますけど、今となってはどうでもいいんです。ただ、母に本当にそんな男性がいたのか知りたかっただけで」

「そう」
 私は言った。
「もし、本当に姉さんがそんな人だったとしたら、あなたは軽蔑する?許せない?」

「いいえ。そんなことありません」
 姪は私の問いにはっきりと答えた。
「正直に言うと、この日記を読んで、ほっとしました」
「ほっとした?というと?」
 私は聞いた。
「私、知っての通り、母にとても迷惑をかけました」
 姪が言った。
 
 確かに。
 私は心の中でうなづいた。父親を早く亡くしたせいなのか、姪は思春期に入ると荒れた生活を送り、高校で何度か中絶をし、最終的に既婚男性の子を生んで、相手の配偶者から慰謝料を請求され、それを姉さんが肩代わりした。相手の男は結局離婚して姪と一緒になろうとはせず、養育費も満足に払わずで、高校中退の姪ではろくな稼ぎもできなくて、姪の子の養育費はほとんど姉さんが出していた。

「母は私を叱りはしました。けれど見捨てることはなかった。早くに夫を亡くし、女一人で幼い私を頑張って育ててくれた。それなのに私は大人になっても母に苦労のかけ通しで、とても後ろめたかったんです」

「まあ、分かるわね」
「それで、母が私のこと本当はどう思っていたのか、それが知りたくて日記を読んでみたんです。そしたら、母は私がまともな結婚ができなかったのは自分の血のせいだろうって。駄目な私のこと、決して嫌ってはいなかった。むしろ自分のせいだと思っていて。それで……」
 後は涙ぐんで言葉にならなかった。

 姉さん、そういう事?!考えてみれば、姉は聡明な人だった。
 姉は突然病状が悪化してこの世を去った訳ではない。自分の体のことはよく把握していた。だから、本当に誰にも見せる気がないものを書いていたなら、自分で前もって始末していたはずだ。それを捨てもせずに押し入れの奥という比較的見つけやすいところに隠して、あまつさえ私たちにノートは見るな、と言い残した。つまり日記は見られてもいい、むしろ私たちに見て欲しかったのではないだろうか。

 多分そうなのだ。それで間違いないはず。日記を姪が読むことで、姪が罪悪感を抱え込まないようにと、書いたのだ。
 絶対にそうに違いない。なぜなら日記に明らかな嘘を書いている。秘密にしているが姪は本当は私の娘。私がまだほんの子供のころ、暴漢に襲われ私が生んだ子だ。
 出生してすぐ、姉の子として娘は育てられた。私は長らく精神を病んで、姪とこんなふうに普通に話ができるようになったのは、実は最近のこと。

 姉はそのことを姪に打ち開けるつもりは決してなかったようだ。
 では、あのことはどうなのだろう。
 姪に対し虐待をするようになった義理の兄はある日突然亡くなった。それで姉は保険金と母と子の平和な生活を手に入れることができた。

「あなた、まだ日記は持ってる?」
 涙をぬぐっている姪に私は聞いた。
「もし、持っているなら私にも見せてくれないかしら」

「ええ、もちろんです」
 姪は穏やかに笑うと頷いた。

終わり

 

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

甘い罠

 


「で、どうしたんだ?」
 手ごろな店に誘い、席に付かせた後、ひどく落ち込んだ様子のツカノに、私は聞いた。
 彼は黙ったままで私の質問になかなか答えようとはしなかったが、やがてぽつりと言った。
「実はナギサが……」

「ナギサ?ナギサって、以前からお前が言っていた女のことか?確かあっちから言い寄ってきたっていう」
 私の問いにツカノはこくんとうなずいた。

 しばらく前、今とは打って変わって上機嫌だったツカノが、迷惑なんだがとか言いながらも嬉しそうにその女のことを話してたのが思い出された。
「で、その女がどうしたんだ?まさかお前、やっちゃたのか?」

 私の言葉に相手は首を横に振った。
「そうか、ならいいんだ。お前は既婚者なんだから、手を出してばれたら離婚だぞ、きっと」
 私は彼の妻であるコズエさんが烈火のごとく怒っている様を想像した。彼女はそういうことに寛容だとはとても思えない。

「離婚?離婚か。そうだな。俺は離婚するかも」
 情けなさそうな声。
「なに?なんで?」
 私は聞いた。
「あっ、ひょっとして、コズエさんにその女のことがバレて、一線は越えてないってことが信じてもらえなかったのか?」

「ちがう、そうじゃない」
 彼はまた首を振った。
 それからしばらく黙っていたが、やがて意を決して言った。
「実はナギサは別れさせ屋に雇われた女だったんだ」
 悲しそうな顔。

 私は驚いた。
「別れさせ屋?そんな商売があるのか?本当に?」
「ああ、あるらしい」
 彼が答えた。

「本当なのか。しかし、どうしてわかった?」
 私は疑問をぶつけた。
 すると彼は苦々しげにつぶやいた。
「ナギサが、彼女自身が白状したんだよ。あるところから頼まれて俺に近づいたって」

「はあ?なんで?」
 私は言った。
「なんでその女が白状したんだ?そいつは金で雇われてたんだろう。そんなことをばらしたら、シャレにならないペナルティを食らうんじゃないのか?」
「俺が問い詰めたからさ」
 彼が言った。
「お前は別れさせ屋の回しもんじゃないのか、ってね」

「ふうん、するとお前は前から疑ってたんだ」
 私は聞いた。
 すると彼は首を振った。
「いや、ナギサのことはちっとも疑ってなんかいなかった。けれどタレコミがあったんだ。その女は別れさせ屋の女だって」

「タレコミ?」
「ああ、携帯の留守電に知らない女の声で入っていた」
「知らない女?心当たりないのか?」
「ああ、誰だか分からん。けれど女から俺にタレコミがあったことをナギサに告げたら、
彼女には心当たりがあったようだ。親友だと思って何でも話していた女と最近喧嘩別れしたんだとか」

「なるほど。それで誰がお前たち夫婦を別れさせるよう頼んだのか、そのナギサっていうのは言ってたか?」
「いいや。彼女が言うには、仲介者がいて、その男から誘惑する相手を教えられるだけで、誰が俺と女房の仲を壊すように依頼したのかは聞かされてないらしい」

「そうか。しかし、それで離婚話になるということは、お前は別れさせ屋に頼んだのはコズエさんだと思ってるんだな?」
 私の問いに彼はうなずいた。
「ああ。そしてそれはたぶん間違いないと思う。仮にもし間違ってたとしても、やはり離婚するしかないよ。コズエ、浮気していた」

 私はたいそう驚いた。あのコズエさんが?本当に?
「本当か?お前の勘違いじゃないのか?何か証拠があるのか?」
 私はツカノに問いただした。

「間違いない」
 彼は断言した。
「ナギサの告白を聞いて、どう考えてもコズエが一番怪しいと思ったから、やつの携帯を盗み見たんだ。俺の知らない男と頻繁に連絡を取っていたよ。内容もかなりあからさまで、数年前からできていたようだ」

「そうか」
 私はかける言葉を探し、ぽつりと言った。
「女は怖いな」

「ああ、まったく、女は怖い」
 ツカノはそこですすり泣いた。
 私は無言で彼の肩に手を置いた。

 まさか、コズエさんが浮気していたとは、まったく知らなかった。こんなことならわざわざ別れさせ屋に頼まなくても良かったかもしれない。
 二人に子供ができる前にと焦ったが杞憂だったようだ。

 これからは誠心誠意、ツカノに付き添って彼を慰めよう。彼は今のところその気はないけれど、これで女はこりごりだと思っただろうから、私の心にいつか気付いて、私の思いに答えてくれる。きっとそうなる。

 私はツカノの肩を抱きしめ、大丈夫、大丈夫だ、と囁いた。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
このページのトップへ
プロフィール

火消茶腕

Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR