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兄弟



「ごめん、兄さん」
 タクヤが言った。

「何だ、突然?」
 私はグラスを置いて弟の顔を見た。

 するとタクヤは「実は今、カウンセラーのところに通っているんだよ」と、思ってもみないことを私に告げた。
「そこで自分の過去をいろいろ考えてね。兄さんには随分心配かけたんだろうなあ、と気づいたんだ。でも、もう大丈夫。自分の問題がはっきりとわかったから」

「問題?というと今までの女性関係のことか?」
 私は聞いた。

 弟は私に似ず、かなり整った顔をしている。そして背も高い。更に医師でもあり、結婚相手として、これ以上にないくらいの好条件を満たしている。
 普通に考えれば、よりどりみどりで相手を選べるはずなのに、何故か、まともな女性とは付き合おうとしない。
 弟が好きになるのは必ず既婚者で、しかも相手が誘惑に負け、関係を持つようになると、直ぐに別れてしまっていた。
 弟のせいで駄目になった夫婦は、私が知ってるだけでかなりの数にのぼる。

「お前は、いい年をしながら、人のものを見ると欲しくなる、ただのガキだということじゃないのか?」

「実は、僕も今まではそう思っていた。でも違うんだ」
 弟が答えた。
「原因は、僕達の生い立ちにあるらしい」

「それは、俺達が母親に捨てられた事を言ってるのか?」
 私は聞いた。

 私たちの母親は、私たちを置いて、男と一緒に家を出て行った。そして程なくして、病気で死んだ。
 父は再婚もせず、私たちを一生懸命育ててくれたが、やはり、母親がいないことで、色々苦労も味わっている。

「そうなんだ」
 タクヤが答えた。
「カウンセラーの人が言うには、僕が既婚女性に惹かれるのは、無意識に相手に母親を求めているからなんだそうだ」

「なるほど、一理あるか」
 私はうなずいた。

「そして、付き合ってすぐ別れてしまうのは、母親への憎しみを投影してしまうかららしい。僕が今まで付き合った女性はみんな既婚者だから、僕と付き合うということは、夫を裏切るということだからね。僕達の母親と同じ様にね」

 話を聞き、私は今までの弟の不思議な行動に納得がいった。
 私はそうでもないが、母親が出ていった時、弟はまだとても小さかった。ショックも大きかったのだろう。それで、そんな歪んだ女性観が無意識に形成されたのか。

 私は心底同情して、弟を見た。
「お前は随分と難儀な状態に陥っていたんだなあ。それで、それはその、うまく解決できそうなのか?」

 好きになるのは既婚者で、間男である自分を好きになるような裏切り者は憎むんでは、一生、結婚などできない。

「なんだったら、バツイチとかのシングルマザーと付き合って見たらどうなんだ?」
 私の提案に弟が答えた。

「それは僕も考えたんだ。でも、どうやらそれだけでは駄目だと気付いたんだよ。付き合う女性は、絶対に相手を裏切らない、どんなに誘惑されようと、夫以外の男には目もくれない、そんな女性でなければ駄目なんだってね」

「気持ちは分かるが、どうやってそんな女性を探す?」
 私は無理だと思って言った。
「いや、それが大丈夫でね。もう見つけてあるんだ」
 弟が答えた。

「今まで、僕の知り合った女性のほとんどは、僕がちょっと親切にすると、向こうからアプローチして来たけれど、そうじゃない、既婚者の女性もいたんだよ。その人なら信じられそうなんだ。夫を裏切ったりしないってね。後はその人の夫が亡くなれば……、代わりにその人と結婚できる」

 急に眠気が襲い、私は目を開けるのがやっとの状態となった。なにかおかしい。

「子どもたちは大切に育てるから……。ごめんよ、兄さん。ごめん」

 弟の声がやけに遠くに聞こえた。

終わり
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ホームビデオ



 大型液晶テレビに、ホームビデオの映像と思われるものが映し出されていた。
画面の中で幼い男の子が庭を駆け回っている。それを追いかける女性。
場面は変わって、運動会だろうか?男の子をおんぶして、男性が懸命に走っている。


 それを若い男が、ソファに両膝を抱えて座りながら、じっと見ていた。


 映像はまだ続く。海水浴。どこかの田園風景。スキー。
 男の子を中心に、男性と女性がかわるがわる現れて、多く笑顔で男の子の名前を呼んでいる。


「嘘だ!こいつらは俺の父さんと母さんなんかじゃない!こんな映像でたらめだ!」
 
 若い男は叫びながら立ち上がり、振り向いたリビングの床には、今は息絶えた男女が転がっていた。


終わり

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ありがたい人




「じゃあ、そこに座ってくれる」
 ハマグチさんが側の椅子を示した。私は素直に指示に従う。
「上着取ったほうがいいかな?」
 私は彼女に尋ねた。


 ここ一月ほど、私はひどい肩こりに苦しんでいた。
 機械を使ってマッサージしてみたり、痛み止めを塗ったり、貼ったり、飲んだりしたが、駄目。
 柔軟体操や筋トレも、色々毎日欠かさず試してみたが、肩の痛みと重苦しさが取れることはなかった。


 いい加減嫌になっていた頃、友達がハマグチさんのことを教えてくれた。彼女に掛かれば、肩こりなど一発で治るらしい。私は意を決して、ハマグチさんを訪ねた。


「別にいいわ、そのままで」
 彼女は私の背後に回り、言った。
「凝っているのは左側ね」


 服を着たままの状態で、触れもせずに悪い方の肩を当てた。すごい。これは期待が持てそう。


 そう思っていると、左の首筋に何か液体が降り注がれた。私はひやっとした感触に驚いて、小さな声を上げた。
「大丈夫、ただの水だから」
 ハマグチさんが私を安心させるように言った。


 ただの水?薬じゃないんだ。そう思っていると、次に何か粉のようなものが左肩に撒かれた。
「これは塩よ」
 再び、ハマグチさんが説明し、次に何かを早口で言った。


 それから肩に掛かった塩を二度、叩くように手で振り落とすと、
「はい、これで終わり」
 と言って、私の顔を覗き込んだ。


 えっ?これで終わり?なにこれ?冗談?
 
 私は文句を言おうとして、体を動かそうとした瞬間、肩のこりが消えているのを悟った。
 ウソ!治ってる!なんで?


「そんなにたちの悪いものじゃなかったから安心して」


 私の疑問をよそに、ハマグチさんはニッコリと笑った。


終わり

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郷土愛




「生まれ育ったこの町が好きなの。だからここのために何かできないかと思って」
 男の問いに女が答えた。
「実は、この地域には古くから伝わる話があって、それは全国的にも有名なものなのだけれど、そっくりな話が他のところにもあるらしくって、どこが発祥の地なのか、揉めてるらしいの」
 
 女は一時中断していた作業を再開し、話を続けた。
「私は難しいことは分からないから、どこの土地がその話の場所として、もっとも説得力があるのか判断できないのだけれど、学術的なことは抜きにして、もし、現在、伝わっている話のようなことがまたその土地で起こったなら……、学者さんたちはいざしらず、一般の人には強烈なアピールになると思わない?だからなの」

 研ぎ終わった刃物を手に、白髪を振り乱した女は、女の家に一夜の宿を借りに来て、今は後ろ手に縛られている若者に近づいて行った。
 この土地に、今、伝説がよみがえる。


終わり

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彼女の訪問




「そら、連れて来てやったぞ」

 玄関のドアを開け、ご主人様が言った。
 僕の前には今、愛しのリリイちゃんがいる。
 
 もちろん、僕には少し前から分かってた。彼女が僕の家に来てくれることが。
 だって、段々と匂いが強くなっていたから。
 リリイちゃんとご主人様と、そしてリリイちゃんのご主人様の匂いがね。

 そう、僕は犬だ。
 この家に貰われてきて、既に三年。
 はじめてここに来た頃はまだ子犬だったけど、もう立派なオトナだ。

 ご主人様にはとても可愛がってもらっている。
 毎日のバランスの取れた食事、定期的な健康診断。
 ときどきいたずらして叱られはするけど、ご主人様はけして暴力を振るったりはしない。
 だから、つい最近までは何一つ不満もなく暮らしていたんだ。

 けれどそれも変わってしまった。なぜって先日、散歩の時に運命の出会いをしたんだ。
 それがリリイちゃん。僕よりひとつ下の可愛い子。
 僕はひと目で夢中になった。

 僕は直ぐに素直な気持ちを彼女にぶつけ、彼女も悪い気はしないように見えた。

 でも所詮、僕たちは飼われている身。好きな時に自由に会うことなんて出来はしない。
 それでも、同じ時間に散歩に行くと彼女に会えたから、それで満足はしていた。
 
 いつか一緒になって、二人の子どもを作って。
 そんな夢を見ていたある日、急に彼女に会えなくなった。

 なぜ?なぜ?
 いつもの時間に散歩に出ても、彼女にも彼女のご主人様にさえ会えなかった。

 そんな日が幾日か続き、僕はすっかり元気をなくしてしまった。僕のご主人様は散歩の時間をずらしたり、コースを変えたりして、僕が彼女に会えるように努力してくれたのだけど、昨日まで彼女に会えることはなかったんだ。

 それが突然、うちにまで彼女が来てくれた。
 こんな嬉しいことはない。
 僕は大はしゃぎで彼女の周りを回った。けれど、彼女の態度は違っていた。
 なにか不安がっている。

「どうしたの?はじめての場所で緊張してる?」
 優しく問いかけると彼女が言った。
「いえ、ご主人様のことが気になって」

 彼女のご主人様?そう言えばすこし様子がおかしかったかな?ぐったりして、僕のご主人様に抱えられていた。たしかこれは……。
 僕は彼女に考えを言った。

「この匂いからすると、ご主人様たちはお酒というものを飲んだんだよ。あれは飲み過ぎると、あんな風になるらしいよ。ほら、僕のご主人様がベッドに君のご主人を寝かしつけているようだ。心配ないよ。こういうことはご主人様たちにはよくあるんだ」

「そうかしら?私もお酒の匂いは知ってるけれど、それとは別の匂いもするような」
 彼女はどうしても不安が拭えないのか、自分のご主人様を心配そうに見つめている。
「お酒にはいっぱい種類があるんだ。君は嗅いだことがないようだけど、僕にはこの匂いに覚えがある。以前、ご主人様が連れてきた人にも同じ匂いがしていたよ」

 僕の言葉に彼女はすこし安心したように見えた。
「そう。だったら大丈夫かしら。ただ、私のご主人様のあんな姿を見るのは初めてだったので」
 彼女は少し恥ずかしげに弁解した。

「それはきっと、僕のご主人様は若い男で、君のご主人様が若い女だからじゃないかな」
 僕は彼女に言った。
「君のご主人様は僕のご主人様と意気投合して、とても嬉しくなったんだよ。それが証拠にほら、……」

 見るとベッドの上で僕のご主人様が彼女のご主人様の服を脱がしにかかっていた。仲の良い男女が行う儀式だ。

 僕達が見ているのに気付くと、ご主人様が言った。
「ジョン、あっちに行ってろ。後、リリイだっけ?お前もだ」

 ご主人様は僕達を部屋から追い出し、寝室のドアを閉めた。
 途中、リリイちゃんはかなり抵抗した。

「私はご主人様のアイメイトなの。どんな時でもそばにいるように言われているの。一緒にいさせて」
 そう訴えたが、残念ながら僕のご主人様には通じなかった。まあ当然だけど。

「アイメイトって?」
 僕は彼女に聞いた。
「私はご主人様の目の代わりをしているの。彼女、目が見えないのよ」

「へ~、そうなんだ。リリイちゃんはすごいんだね」
 僕の言葉も耳に入らないのか、彼女は寝室のドアの前に座り、じっと中の様子をうかがっている。
 僕も耳を澄ますと、衣擦れやため息が聞こえてくる。
 

 この状態では暫くの間、多分明日の朝までは寝室のドアは開かないことを経験的に知っていた僕は、彼女を説得して居間へ移動し、ソファに座らせた。
「大丈夫だよ、君のご主人様は。僕のご主人様が側についているんだし。それに、ひょっとしたら、これからはずっとこんなふうな生活が待っているかも知れないよ」

 リリイちゃんとともに過ごす生活。もちろん、僕のご主人様と彼女のご主人様も一緒だ。
 なんて素晴らしい。

 明け方、ドアの開く音を聞き、僕は寝室に向かった。
 ご主人様は隣の浴室の洗面台のところにいた。手には注射器を持っている。

 僕のご主人様は動物のお医者さんで、時々僕に注射をする。
 僕は嫌だったけれど、いつもちゃんと我慢した。今回もちゃんと注射を受けた。

 そしたら、なぜかすぐに眠たくなって、その後のことはよく覚えていない。
 目を覚ました時に、リリイちゃんはいなくなっていた。もちろん彼女のご主人様も。

 僕が眠っている間に帰ってしまったんだろう。
 
 そして、それから二度とリリイちゃんには会えなかった。
 僕とご主人様は引っ越したのだ。
 まただ。
 この前も、女の人が家に来て、その後すぐに引っ越した。

 そのちょっと前にごちそうのお肉をたっぷり食べれらるのだけれど、それでも引っ越しは辛いよ。
 
 リリイちゃんにもう一度会いたいなあ。駄目かなあ。


終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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